・・・此辺より見れば女大学は人に無理を責めて却て人をして偽を行わしめ、虚飾虚礼以て家族団欒の実を破るものと言うも不可なきが如し。我輩の所見を以てすれば、家内の交には一切人為の虚を構えずして天然の真に従わんことを欲するものなり。嫁の身を以て見れば舅・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・あるいは謹んで天に事うるなどのこともあらんなれども、これは神学の言にして、我輩が通俗の意味に用うる道徳は、これを修めんとして修むべからず、これを破らんとして破るべからず、徳もなく不徳もなき有様なれども、後にここに配偶を生じ、男女二人相伴うて・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・されども歌人皆頑陋褊狭にして古習を破るあたわず、古人の用い来りし普通の材料題目の中にてやや変化を試みしのみ。曙覧、徳川時代の最後に出でて、始めて濶眼を開き、なるべく多くの新材料、新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等これを食するに、又懺悔の念あることなし。 斯の如きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。昼は則ち日光を懼れ又人及諸の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・台所から来るか、二階から来るか、勇敢にばりりと雨戸を引破るか、知れたものではない。来るか来ないか分らないものを十中九分の九まで来ないとさえ知れながら――私は馬鹿女だ! しかし、村でも到頭人殺しが出るようになったか。こそこそ泥棒も滅多には・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・自分から俺は悪七兵衛景清と名のって、髪を乱して、妻子にわざとむごい言葉を与えて、自らを敵意のうちに破る景清の姿と、その若くない荒繩をひきずった犬の姿とには、何か印象のなかで通じるものをもっている。 おい、お前は景清のようだよ。知ってるか・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・今の詰まらない為事にも、この単調を破るだけの功能はあるのである。 この為事を罷めたあとで、著作生活の単調を破るにはどうしよう。それは社交もある。旅もある。しかしそれには金がいる。人の魚を釣るのを見ているような態度で、交際社会に臨みたくは・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・格別平和を破るような事のない羽田の家に、おりおり波風の起こるのは、これが原因である。 庄兵衛は今喜助の話を聞いて、喜助の身の上をわが身の上に引き比べてみた。喜助は仕事をして給料を取っても、右から左へ人手に渡してなくしてしまうと言った。い・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・さらに湯槽や、女の髪や、手や、口や、目や、乳首や、窓外の景色などに用いられた濃い色が色彩の単調を破るとともに、全体を引きしめる用をつとめている。湯の青色と女の体、女の体と髪の黒色、あるいは処々に散らばる赤、窓外の緑と檜の色、などの対照も、き・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・そうしてその殻を破るために鉄槌を振るうがいい。その時に初めて偶像再興に対する新しい感覚が目ざめて来るだろう。 しかし予はただ「古きものの復活」を目ざしているのではない。古きものもよみがえらされた時には古い殻をぬいで新しい生命に輝いている・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫