・・・夜、一代の柔い胸の円みに触れたり、子供のように吸ったりすることが唯一のたのしみで、律義な小心者もふと破れかぶれの情痴めいた日々を送っていたが、一代ももともと夜の時間を奔放に送って来た女であった。肩や胸の歯形を愉しむようなマゾヒズムの傾向もあ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて行った。三 あれから五年になると、夏の夜の「ダイス」を想い出しながら、私は夜更けの書斎で一人水洟をすすった。 扇風機の前で胸をひろげていたマダムの想出も、雨戸の隙間から・・・ 織田作之助 「世相」
・・・殆んど破れかぶれに其の布を、拡げて、さあ、なんぼだ、なんぼだと自嘲の笑を浮べながら値を張らせて居ました。頽廃の町なのであります。町へ出て飲み屋へ行っても、昔の、宿場のときのままに、軒の低い、油障子を張った汚い家でお酒を頼むと、必ずそこの老主・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・もはやこの人は駄目なのです。破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たので・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・と僕は、ほとんど破れかぶれになり、「しかし、僕の見るところでは、あのマサちゃんは、おじさんに似合わず、全く似合わず、いい子だよ。それでね、僕の友人でいま東京の帝大の文科にはいっている鶴田君、と言ってもおじさんにはわからないだろうが、ほら、僕・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
出典:青空文庫