・・・これが少将もあの女も、同時に破滅させる唯一の途じゃ。が、岩殿は人間のように、諸善ばかりも行わねば、諸悪ばかりも行わぬらしい。もっともこれは岩殿には限らぬ。奥州名取郡笠島の道祖は、都の加茂河原の西、一条の北の辺に住ませられる、出雲路の道祖の御・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ クララは半分気を失いながらもこの恐ろしい魔術のような力に抵抗しようとした。破滅が眼の前に迫った。深淵が脚の下に開けた。そう思って彼女は何とかせねばならぬと悶えながらも何んにもしないでいた。慌て戦く心は潮のように荒れ狂いながら青年の方に・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 樗牛の個人主義の破滅の原因は、かの思想それ自身の中にあったことはいうまでもない。すなわち彼には、人間の偉大に関する伝習的迷信がきわめて多量に含まれていたとともに、いっさいの「既成」と青年との間の関係に対する理解がはるかに局限的であった・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・昔から、事が、こういう事が起って、それが破滅に近づく時は、誰もするわ。平凡な手段じゃ。通例過ぎる遣方じゃが、せんという事には行かなかった。今云うた冥土の旅を、可厭じゃと思うても、誰もしないわけには行かぬようなものじゃ。また、汝等とても、こう・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・一国一都市の勃興も滅亡も一人一家の功名も破滅も二十五年間には何事か成らざる事は無い。 博文館は此の二十五年間を経過した。当時本郷の富坂の上に住っていた一青年たる小生は、壱岐殿坂を九分通り登った左側の「いろは」という小さな汁粉屋の横町を曲・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・この最後の一日で取り戻さねば破滅だという気持でもなかった。一代の想いと共に来たのだということよりほかに、もう何も考えられなかった。そしてその想いの激しさは久しぶりに甦った嫉妬の激しさであろうか、放心したような寺田の表情の中で、眼だけは挑みか・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・――破滅というものの一つの姿を見たような気がした。なるほどこんなにして滑って来るのだと思った。 下に降り立って、草の葉で手や洋服の泥を落しながら、自分は自分がひとりでに亢奮しているのを感じた。 滑ったという今の出来事がなにか夢の中の・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・そうした品性のものは社会で必ず破滅するものだ。末路は必ずよくない。社会は甘いものではないのである。 反対にその優越条件に目をつけて、青年学生を誘惑しようとするたちのよくない女性があるに相異ない。純良な、世間知らずの学生がこの種の女に引っ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・これが失敗したら、身の破滅さ。」「フクスイの陣って、とこね。」「フクスイ? バカ野郎、ハイスイの陣だよ。」「あら、そう?」 けろりとしている。田島は、いよいよ、にがにがしくなるばかり。しかし、美しい。りんとして、この世のもの・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅のもと、腕環投げ、頸飾り投げ、五個の指環の散弾、みんなあげます、私は、どうなってもいいのだ、と流石に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧にだまして下さい、私は・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫