・・・今日私たちが芭蕉に感じる尊敬と感興は、十七世紀日本の寂しさと現代の寂寥の質の違うことを確りと感情において自覚しつつ、従って表現の様式も十七字から溢れていることを知りつつ、猶芭蕉が自身の芸術にとりくんだ魂魄の烈しさによって、今日と明日の芸術の・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・そんなとき、私、それはそうねと云って、それでもやっぱり何か確りしたものを二人の間に感じて落着いていられるようになりたいと思うわ」 やがて小枝子が、寒いなかをいそいで歩いた薄赤い溌溂とした顔でやって来た。「御免なさい、おくれて。出征の・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 例えばここに一人の労働婦人があって、ソヴェト権力確立とともに生産の中へ働くようになり、働くことによって次第に自身の文化を高め、政治的にもプロレタリアートの女として確りした意識を持つように成長して来つつある。同じことがソヴェト同盟の婦人・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・ 石川は、後から幸雄の肩を確り押え、「若旦那! 若旦那! 気を落付けなくちゃいけません」と云った。「静かにしなすったって分る話だ。――若旦那!」 熟練し切った様子で荷でもくくるように詰襟の男が幸雄の踝の上から両脚をぎりぎ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・一人の女としてその女なりの生活を認め、同時に自身の行くべき道も優しい心でしかも確りと認めている。オリガともそういう風な別れ方なのであった。 十八九歳でパン焼釜の前に縛りつけられていた時分、彼は仲間に淫売窟へ誘われた。彼はそこへついて行き・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・じゃないということを、全身に感じたこと、最後に、パン焼職人の荒々しい手を確り握って笑いながら、涕泣しながら、このマカールと仮の名をつけられた逞しい、だが小路へ迷い込んだ民衆の一人が「長い剛情な人生の上に本復したことを感じた」美しい瞬間を、脈・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・上落合にいたのは四年も前よ、だもの――変だ、四年にそれだけってことはないし……段々正気づいて来て私は、それは人ちがいに相異ない、と初めて確りした声を出した。四年の間待っているというようなことはあり得ないのだからね。と断言した。それにしても滅・・・ 宮本百合子 「まちがい」
・・・ 彼は掃かない座敷の真中に突立って、確りみのえを擁きよせた。そして、幾つも幾つもキスし、自分の体をぐうっとかぶせてみのえを後へ反せるようにした。一度目より二度、もっときつく反らせた。 倒れるかと思って、みのえは両手で油井の羽織の背中・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・男の子が、どんなに確りしてると同時に妙な奴が時々あるか、女の学生だって知ってる。 工場で一緒に働いていたものだって、ここにはいる。 今日は、前週出した、インドにおける綿花生産の消長と英国資本主義との関係に関する学生の研究報告の批評が・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
・・・この確りした男は役者である。それを作者と誤って訳した。すぐその跡で、道化方が作者にブラアヴであれと云っているので、誤ったのである。イギリス訳には役者と云う語が入れてあるのがある。どのコンメンタアルにも役者とことわってある。高橋君も町井君も正・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫