・・・されども渠はその職掌を堅守するため、自家が確定せし平時における一式の法則あり。交番を出でて幾曲がりの道を巡り、再び駐在所に帰るまで、歩数約三万八千九百六十二と。情のために道を迂回し、あるいは疾走し、緩歩し、立停するは、職務に尽くすべき責任に・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・就中、芸術の真価が外国人の批評で確定される場合の多いは啻に日本の錦絵ばかりではないのだ。 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には椿岳の遺作が薦縄搦げとなっていた。余り沢山あるので椽の下に投り込まれていたものもあった。寒月・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ ポチは、やはり置いてゆかれることに、確定した。すると、ここに異変が起った。ポチが、皮膚病にやられちゃった。これが、またひどいのである。さすがに形容をはばかるが、惨状、眼をそむけしむるものがあったのである。おりからの炎熱とともに、ただな・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・貴下に女の読者がひとりも無いのは、確定的の事だと思いました。貴下は御自分の貧寒の事や、吝嗇の事や、さもしい夫婦喧嘩、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、蛸の脚なんかを齧って焼酎を飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借・・・ 太宰治 「恥」
・・・名への恋着に非ず、さだめへの忠実、確定の義務だ。川の底から這いあがり、目さえおぼろ、必死に門へかじりつき、また、よじ登り、すこし花咲きかけたる人のいのちを、よせ、よせ、芝居は、と鼻で笑って、足ひっつかんで、むざん、どぶどろの底、ひきずり落す・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・私ならば一瞬も迷わぬ。確定的だ。けれども、ひとの好ききらいは格別のものであるから、私は、はっきり具体的には指図できなかった。私は予言者ではない。三浦君の将来の幸、不幸を、たったいま責任を以て教えてあげる程の自信は無い。私は、その日、聖書の一・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・日、一日と落第が確定的になって来たのかも知れない。もうこうなれば、小説家になるより他は無い、と今は冗談でなく腹をきめたせいか、此の頃の佐野君の日常生活は、実に悠々たるものである。かれは未だ二十二歳の筈であるが、その、本郷の下宿屋の一室に於い・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・ 彼の理論、ことに重力に関する新しい理論の実験的証左は、それがいずれも極めて機微なものであるだけにまだ極度まで完全に確定されたとは云われないかもしれない。しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多少でも不利なような事があった・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ともかくも一つ一つの画面にその基調となるべき色彩的な中心映像を確定しそれを生かすためにその周囲の色彩を殺してしまうという、色彩的カッティングを行ない、そうして、その中心的な色彩をモンタージュ的な連結推移のリズムによって進行させて行かなければ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ これと反対に、現世で予測のできない事がらが逆転映画の世界では確定的になるから妙である。たとえば一本の鉛筆を垂直に机上に立てて手を離せば鉛筆は倒れるが、それがどの方向に倒れるかはいわゆる偶然が決定するのみで正確な予言は不可能である。しか・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
出典:青空文庫