・・・そこで私がもう一度、『じゃ君は彼等のように、明治の世の中を神代の昔に返そうと云う子供じみた夢のために、二つとない命を捨てても惜しくないと思うのか。』と、笑いながら反問しましたが、彼はやはり真面目な調子で、『たとい子供じみた夢にしても、信ずる・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
大町先生に最後にお目にかゝったのは、大正十三年の正月に、小杉未醒、神代種亮、石川寅吉の諸君と品川沖へ鴨猟に往った時である。何でも朝早く本所の一ノ橋の側の船宿に落合い、そこから発動機船を仕立てさせて大川をくだったと覚えている・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ 使 (やはり無頓着第三に、――これが一番恐ろしいのですが、第三に世の中は神代以来、すっかり女に欺されている。女と云えばか弱いもの、優しいものと思いこんでいる。ひどい目に会わすのはいつも男、会わされるのはいつも女、――そうよりほかに考え・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・何でも天地開闢の頃おい、伊弉諾の尊は黄最津平阪に八つの雷を却けるため、桃の実を礫に打ったという、――その神代の桃の実はこの木の枝になっていたのである。 この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅の・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・いくら親だからとて、その子の体まで親の料簡次第にしようというは無理じゃねいか、まして男女間の事は親の威光でも強いられないものと、神代の昔から、百里隔てて立ち話のできる今日でも変らぬ自然の掟だ」「なによ、それが淫奔事でなけりゃ、それでもえ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・禁厭をまじないやむると訓んでいるのは古いことだ。神代から存したのである。しかし神代のは、悪いこと兇なることを圧し禁むるのであった。奈良朝になると、髪の毛を穢い佐保川の髑髏に入れて、「まじもの」せる不逞の者などあった。これは咒詛調伏で、厭魅で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 而してかの陰陽思想は延いてわが國に及び、神代史の構成に影響すること大なりき。〔明治四十五年二月二十二日、漢學研究會の講演、明治四十五年四月『東亞研究』第二卷第四號〕 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・男の方がたいてい大人しくしおらしくて女の方がたいて活溌で度胸がいいのがこうした群に共通な現象のようである。神代以来の現象かもしれない。カメラを持った男のきっと交じっているのは近頃のことである。 帰りに青梅を出て間もなく二度までも巡査に呼・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よく続けられて来たこの災難教育であったかもしれない。もしそうだとすれば、科学の力をかりて災難の防止を企て、このせっかくの教育の効果をいくぶんでも減殺しようとするのは考・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 私は遠い神代のわが大八洲の国々の山や森が、こういう神秘的なビーイングによって棲まわれていたと想像してみた。そうして自分がそれらのビーイングの正統の子孫であると考えてみた。そう思う事によってこの国土に対する自分の愛着の感情は増しても減り・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫