・・・というのは、昔からの国の習俗で、この日の神聖な早乙女に近よってからかったりする者は彼女達の包囲を受けて頭から着物から泥を塗られ浴びせられても決して苦情はいわれないことになっていたのである。 そういう恐ろしい刑罰の危険を冒して彼女らを「テ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・寝床は人生の神聖なる殿堂である。人は生活を赤裸々にして羽毛蒲団の暖さと敷布の真白きが中に疲れたる肉を活気付けまた安息させねばならぬ。恋愛と睡眠の時間。われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・語をかえていえば、学問を神聖に取扱わずして、通俗の便宜に利用するの義なり。 ゆえに本塾の教育は、まず文学を主として、日本の文字文章を奨励し、字を知るためには漢書をも用い、学問の本体はすなわち英学にして、英字、英語、英文を教え、物理学の普・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・というのは、文学に対する尊敬の念が強かったので、例えばツルゲーネフが其の作をする時の心持は、非常に神聖なものであるから、これを翻訳するにも同様に神聖でなければならぬ、就ては、一字一句と雖、大切にせなければならぬとように信じたのである。 ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・此画を見た時に余は一種の物凄い感じを起したと同時に、神聖なる高尚なる感じを起こした。王の有様は少しも苦しそうに見えぬ。若し余も死なねばならぬならば、斯ういう工合にしたら窮屈で無くすむであろうと思うた事がある。併し幾ら斯んなにして見た所が棺の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・というのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできるだけこらえていたのでしたがあんまり博士の議論が面白いのでしまいにはとうとうこらえ切れなくなったのでした。一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何か云いました。次長は大きくうなずき・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・これは、ただ、かくされていた神聖さを明るみに出して見たときは、それも平凡なものとなるというだけを意味することであろうか。そうは思われない。私たちが、ものをいわされず、書かされないとき、ちょうど節穴から一筋の日光がさしこむようにチラリと洩らさ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・頃日僕の書く物の総ては、神聖なる評論壇が、「上手な落語のようだ」と云う紋切形の一言で褒めてくれることになっているが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそっくりお金にお祝儀に遣れば好いことになる。 * ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・真面目な、ごく真面目な目で、譬えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな目をしていた。 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・の芸によって観客の感激――有頂天、大歓喜、大酩酊――の起こっている時、彼女は静かに、その情熱を自己の平生の性格の内に編みこむため、非常なる努力をしていた。この「貴い時」の神聖と喜悦と自由とを自己の第二の天性にしようとしていた。そしてついにそ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫