・・・ これについて思い出すのは、東京の著名な神社の祭礼に、街上で神輿をかついで回っている光景である。おおぜいの押し合う力の合力の自然変異のために神輿が不規則な運動をなしている状態は、顕微鏡下でたとえばアルコホルに浮かぶアルミニウムの微細な薄・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・初日の幕のあこうとする刻限、楽屋に行くと、その日は三社権現御祭礼の当日だったそうで、栄子はわたくしが二階の踊子部屋へ入るのを待ち、風呂敷に包んで持って来た強飯を竹の皮のまま、わたくしの前にひろげて、家のおっかさんが先生に上げてくれッていいま・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・そして絵巻物に見る牛車と祭礼の神輿とに似ている新形の柩車になった。わたくしは趣味の上から、いやにぴかぴかひかっている今日の柩車を甚しく悪んでいる。外見ばかりを安物で飾っている現代の建築物や、人絹の美服などとその趣を同じくしているが故である。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・その昔、芝居茶屋の混雑、お浚いの座敷の緋毛氈、祭礼の万燈花笠に酔ったその眼は永久に光を失ったばかりに、かえって浅間しい電車や電線や薄ッぺらな西洋づくりを打仰ぐ不幸を知らない。よしまた、知ったにしても、こういう江戸ッ児はわれら近代の人の如く熱・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・いずれも市井の特色を描出して興趣津々たるが中に鍬形くわがたけいさいが祭礼の図に、若衆大勢夕立にあいて花車を路頭に捨て見物の男女もろともに狼狽疾走するさまを描きたるもの、余の見し驟雨の図中その冠たるものなり。これに亜ぐものは国芳が御厩川岸雨中・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・の人々は、年に一度、月のない闇夜を選んで祭礼をする。その祭の様子は、彼ら以外の普通の人には全く見えない。稀れに見て来た人があっても、なぜか口をつぐんで話をしない。彼らは特殊の魔力を有し、所因の解らぬ莫大の財産を隠している。等々。 こうし・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 水晶のいはほに蔦の錦かな 南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈を掛け発句地口など様々に書き散らす。若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・殊に往来の多いのと太鼓などの鳴って居るのとで考えると土地の祭礼であるという事も分った。上陸した嬉しさと歩行く事も出来ぬ悲しさとで今まで煩悶して居た頭脳は、祭礼の中を釣台で通るというコントラストに逢うてまた一層煩悶の度を高めた。丁度灯ともし頃・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫