・・・若くて禿頭の大坊主で、いつも大きな葉巻を銜えて呑気そうに反りかえって黙っていたのはプリングスハイムであった。イグナトフスキーとかいうポーランド人らしい黒髪黒髯の若い学者が、いつか何かのディスクシオンでひどく興奮して今にも相手につかみかかるか・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・十年ほど前にある人から私の頭の頂上に毛の薄くなった事を注意されて、いまに禿げるだろうと、予言された事があるが、どうしたのかまだ禿頭と名の付くほどには進行しない。禿頭は父親から男の子に遺伝する性質だという説があるが、それがもし本当だとすると、・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・爺さんはいつでも手拭を後鉢巻に結んでいるので、禿頭か白髪頭か、それも楽屋中知るものはない。腰も曲ってはいなかったが、手足は痩せ細り、眼鏡をかけた皺の多い肉の落ちた顔ばかりを見ると、もう六十を越していたようにも思われた。夏冬ともシャツにズボン・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 禿頭の料理番が出て来て、そうやって坐っているスムールイを見ると、やや暫く躊躇した後、遠くの方から声をかけるのであった。「――魚がどうもよくねえんだが……」 スムールイは顔も振向けず歯の間から返事した。「そんなら漬物で和えろ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Trichophycia, Eczema, Marginatum.」 彼は頭を傾け変えるとボナパルトに云った。「閣下、これは東洋の墨をお用いにならなければなりません」 この時から・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫