「――黄大癡といえば、大癡の秋山図をご覧になったことがありますか?」 ある秋の夜、甌香閣を訪ねた王石谷は、主人のうんなんでんと茶を啜りながら、話のついでにこんな問を発した。「いや、見たことはありません。あなたはご覧に・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・帰って秋山さん――例の男は秋山といいました――に相談すると、賛成してくれましたので、私は秋山さんと別れて、車の先引きになりました。 亀やんは毎朝北田辺から手ぶらで出てきて河堀口の米屋に預けてある空の荷車を受けとると、それを引っぱって近く・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・六番の客の名刺には秋山松之助とあって、これも肩書きがない。 大津とはすなわち日が暮れて着いた洋服の男である。やせ形な、すらりとして色の白いところは相手の秋山とはまるで違っている。秋山は二十五か六という年輩で、丸く肥えて赤ら顔で、目元に愛・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・愛づらしと吾が思ふきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ これは万葉の一歌人の歌だ。汝らの美しき娘たちを花にたとえ、紅葉に比べていつくしめ。好奇と性慾とが生物学的人間としての青年たちにひそんでいることを誰が知らぬ者・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・物理教室の窓枠の一つに飛火が付いて燃えかけたのを秋山、小沢両理学士が消していた。バケツ一つだけで弥生町門外の井戸まで汲みに行ってはぶっかけているのであった。これも捨てておけば建物全体が焼けてしまったであろう。十一時頃帰る途中の電車通りは露宿・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・それがお前さん、動員令が下って、出発の準備が悉皆調った時分に、秋山大尉を助けるために河へ入って、死んじゃったような訳でね。」「どうして?」 爺さんは濃い眉毛を動かしながら、「それはその秋山というのが○○大将の婿さんでね。この人がなか・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ コムプレッサーでは、ゲージは九十封度に昇っていた。だから、鑿岩機の能率は良かった。「おい、早仕舞にしようじゃないか」 秋山と云う、ライナーのハンドルを握ってるのが、小林に云った。 それは、鑿岩機さえ運転していないで、吹雪さ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫