・・・うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨蕭々として虫の音草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて破駅既に近し。羇旅佳興に入るの時汽車人を載せて大磯に帰る。 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・去る事一里眉毛に秋の峰寒し門前の老婆子薪貪る野分かな夜桃林を出でゝ暁嵯峨の桜人五八五調、五九五調、五十五調の句およぐ時よるべなきさまの蛙かなおもかげもかはらけ/\年の市秋雨や水底の草を蹈み渉る茯苓は伏かく・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 黒子の多い女の顔でもみるような、人間ぽい生活の気分がその犬の表情にあるのであった。 秋雨の降っている或る日、足駄をはいてその時分はまだアスファルトになっていなかったその坂を下りて来た。悲しそうな犬の長吠えが聞えた。傘をあげて見たら・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・て作りぬ細き指環を生れ出て始めてふるゝ三味の糸 うす黄の色のなつかしきかな調子なき思のまゝをかきならす ざれたる心我はうれしきそぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて 空を見あぐる秋雨の日よ秋の日をホロ/\と散る病葉・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・ 日本の新しい歴史教科書『国のあゆみ』がその精神において低劣なのは、あの本のどこにも日本人民のエネルギーの消長が語られていず、まるで秋雨のあと林にきのこが生える、というように日本の社会的推移をのべている点である。毛穴のない人工皮膚のよう・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
出典:青空文庫