・・・ 舳櫓を押せる船子は慌てず、躁がず、舞上げ、舞下る浪の呼吸を量りて、浮きつ沈みつ、秘術を尽して漕ぎたりしが、また一時暴増る風の下に、瞻るばかりの高浪立ちて、ただ一呑と屏風倒に頽れんずる凄じさに、剛気の船子もあなやと驚き、腕の力を失う隙に・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・巫女は秘術をつくして天の神さまにうかがいをたてました。そしていいましたのには、これから海を越えて東にゆくと国がある。その国の北の方に金峰仙という高い山がある。その山の嶺のところに、自然の岩でできた盃がある。その盃は天に向いてささげられてある・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ いわゆるスモークボールを飛ばして打者を眩惑する名投手グローブの投球の秘術もやはり主として手首にあるという説を近ごろある人から聞いた。真偽は別として、それは力学的にもきわめて理解しやすいことだと思われる。 中学時代に少しばかり居合い・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・が科学からおよそ遠い恋愛の秘術か何かを明かにした本だと誤認した読者たちが、その誤認にもかかわらずどしどし買って恐ろしい流行の現象をつくりあげた事実を回顧し、作家として三十代の流行作家が本質はそのようなものである、自身の流行にひかれて今日文学・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
出典:青空文庫