・・・その説に従えば、骨董は初は古銅器を指したもので、後に至って玉石の器や書画の類まで、すべて古いものを称することになったのである。なるほど韓駒の詩の、「言う莫かれ衲子の籃に底無しと、江南の骨董を盛り取って帰る」などという句を引いて講釈されると、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・とて、後に沙汰がましく聞えき」という事があって、まだしゃれ頭にならない生頭を取られたというのである。して見ればこの人の薨去は文永四年で北条時宗執権の頃であるから、その時分「げほう」と称する者があって、げほうといえば直に世人がどういうものだと・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・しかし花があり月があっても、夜景を称する遊船などは無いではないが余り多くない。屋根船屋形船は宵の中のもので、しかも左様いう船でも仕立てようという人は春でも秋でも花でも月でもかまうことは無い、酒だ妓だ花牌だみえだと魂を使われて居る手合が多いの・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する、へんてつもない古ぼけたラケットを五十円に値切って買って来て、得々としていたときなど、次男は、陰でひとり、余りの痛憤に、大熱を発した。その熱のために、とうとう腎臓をわるくした。ひ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・とたんに声あり、そのあやしさをも、ひっくるめて、これを浪曼的完成と称するのである。 私は、ディレッタントである。物好きである。生活が作品である。しどろもどろである。私の書くものが、それがどんな形式であろうが、それはきっと私の全存在に素直・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・いわゆる見やすい観念などと称するものは、例の『常識』『健全な理知』と称するものと同様にずいぶん穴だらけなものかと思います。」 この返答で聴衆が笑い出したと伝えられている。この討論は到底相撲にならないで終結したらしい。 今年は米国へ招・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・『世界歴史』と称するものなどがそれである。これは通例乾燥無味な表に詰め込んだだらしのないものである。これなどは思い切って切り詰め、年代いじりなどは抜きにして綱領だけに止めたい。特に古い時代の歴史などはずいぶん抜かしてしまっても吾人の生活に大・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・当時都下の温泉旅館と称するものは旅客の宿泊する処ではなくして、都人の来って酒宴を張り或は遊冶郎の窃に芸妓矢場女の如き者を拉して来る処で、市中繁華の街を離れて稍幽静なる地区には必温泉場なるものがあった。則深川仲町には某楼があり、駒込追分には草・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 唯不幸にして自分は現代の政治家と交らなかったためまだ一度もあの貸座敷然たる松本楼に登る機会がなかったが、しかし交際と称する浮世の義理は自分にも炎天にフロックコオトをつけさせ帝国ホテルや精養軒や交詢社の階段を昇降させた。有楽座帝国劇場歌・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・其暑い頂点を過ぎて日が稍斜になりかけた頃、俗に三把稲と称する西北の空から怪獣の頭の如き黒雲がむらむらと村の林の極から突き上げて来た。三把稲というのは其方向から雷鳴を聞くと稲三把刈る間に夕立になるといわれて居るのである。雲は太く且つ広く空を掩・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫