・・・夏目君の講演はその文章のごとく時とすると門口から玄関へ行くまでにうんざりする事があるそうで誠に御気の毒の話だが、なるほどやってみるとその通り、これでようやく玄関まで着きましたから思いきって本当の定義に移りましょう。 開化は人間活力の発現・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「それを心配するから迷信婆々さ、あなたが御移りにならんと御嬢様の御病気がはやく御全快になりませんから是非この月中に方角のいい所へ御転宅遊ばせと云う訳さ。飛んだ預言者に捕まって、大迷惑だ」「移るのもいいかも知れんよ」「馬鹿あ言って・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・風俗に慣れ、その物品を携えて帰り、中津へ移住する江戸の定府藩士は妻子と共に大都会の軽便流を田舎藩地の中心に排列するの勢なれば、すでに惰弱なる田舎の士族は、あたかもこれに眩惑して、ますます華美軽薄の風に移り、およそ中津にて酒宴遊興の盛なる、古・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・または短夜や八声の鳥は八ツに啼く茯苓は伏しかくれ松露は露れぬ 思古人移竹去来去り移竹移りぬ幾秋ぞのごとく文字を重ねかけたるもあり。 俳句に譬喩を用いるもの、俗人の好むところにしてその句多く理窟に堕ち趣味を没・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・信州の宿屋の一こま、産婆のいかがわしい生活の一こま、各部は相当のところまで深くつかまれているけれども、場面から場面への移りを、内部からずーと押し動かしてゆく流れの力と幅とが足りないため、移ったときの或るぎこちなさが印象されるのである。 ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・人一人の生涯の推移変遷は予測しがたいところがある激しさだから、ある時期は互の移りゆく速力が倍加した速力となって互に作用し合うような時期もあるだろう。そういうときでも、なおその間に十分な同感、納得、評価が可能であるだけの確乎とした生活態度が互・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。衝動生活に這入って行くのが当り前である。衝動生活に這入って行けば性欲の衝動も現れずにはいない。 芸術というもの・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・「小石川区小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・蠅は車体の屋根の上から、馭者の垂れ下った半白の頭に飛び移り、それから、濡れた馬の背中に留って汗を舐めた。 馬車は崖の頂上へさしかかった。馬は前方に現れた眼匿しの中の路に従って柔順に曲り始めた。しかし、そのとき、彼は自分の胴と、車体の幅と・・・ 横光利一 「蠅」
・・・先生が四高から学習院に移り、わずか一年でさらに京都大学に移られたことも、そういう雰囲気と無関係ではあるまい。東京転任に先立つ数か月、四十二年四月に上京せられた際には、井上、元良などの「先生」たちを訪ねていられるし、また井上、元良両先生の方で・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫