・・・リップスの感情移入の説はそのよき弾機であろう。他人の顔にある表情があらわれるのを見ると、同じ表情がわれ知らず自分にあらわれる本能的傾向が人間にはある。現在それが悲哀の表情であれば、自ら悲哀を感じる。これは他人の内生を共生すること、すなわち同・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・その未見の親友の、純粋なるくやしさが、そのまま私の血管にも移入された。私は家へかえって、原稿用紙をひろげた。『私は無頼の徒ではない。』具体的に言って呉れ。私は、どんな迷惑をおかけしたか。私は借銭をかえさなかったことはない。私は、ゆえなく人の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・仮装の精髄は、仮装しているものの中への感情移入であると文学は見ている。真偽の境がわれからぼやつくところにスリルがかくされていると見ているのである。〔一九三七年六月〕 宮本百合子 「仮装の妙味」
・・・と、自然主義が文芸思潮として移入した明治時代の日本の「要らない肥料が多すぎ」「近代市民社会は狭隘であった」中で自我を未だ自我の自覚として十分社会的に持ち得なかった日本の知識人が「自然主義を技法の上でだけ」摂取し、対象を我におかず「実生活」に・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・の間にまじって来たことで、日本の一部の自由主義者は、まじって来た人たちを平静な市民生活に馴らしてゆこうとするよりも、その珍らしさに自分たちの方から亢奮して、裏がえった絶対主義を自分たちの感情にどしどし移入させている。日本が隷属の地位におかれ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 日清戦争後に起った自然主義の移入は、過去の因習に反逆すると同時にこのロマンチックな人間性への憧憬をも蹴破った。人間生活の暗い半面、神性に対する獣としての人間が描かれはじめたのであったが、自然主義も日本の特殊な社会的・文化的地盤へ落ちて・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・一葉が、若い時代の藤村、その他『文学界』の同人達の間に移入されていた、ヨーロッパ風のロマンチシズムの雰囲気に刺戟されたことは、彼女の傑作「たけくらべ」を生む、つよい精神的モメントになった。彼女自身の持っている古風な封建風な潔癖さとも非常によ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫