・・・ぼくは杭を借りて来て定規をあてて播いた。種子が間隔を正しくまっすぐになった時はうれしかった。いまに芽を出せばその通り青く見えるんだ。学校の田のなかにはきっとひばりの巣が三つ四つある。実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがると・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・たいてい自分の望む種子さえ播けばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻もないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・一 これは正しいものの種子を有し、その美しい発芽を待つものである。しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・「それは草の種子が青や白をもっているためではないでございましょうか。」「そうだ。まあそう云えばそうだがそれでもやっぱりわからんな。たとえば秋のきのこのようなものは種子もなし全く土の中からばかり出て行くもんだ、それにもやっぱり赤や黄い・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・「畑へ」「種子」をおろそうと決心した。部落は自作農ばかりだから、闘争組織は農民委員会であると規定し、「僕はいよいよ実行運動に入ろう」「時はあたかもウンカ問題で村会とこじれている」「やさしくなくとも僕はやる。我々の故郷に革命の詩をもたらすため・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・蒔いた種子位、自分で仕末つけいでどうするんや。勝手もいいかげんにしとけ。と、とげとげしい言葉になって、気まずく寝て仕舞うのが定だった。 暗いラムプの灯の下で、栄蔵はたのまれて書き物をして居る。 落ちた処ろどころをそろわな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・優良種子、耕地整理、農業技師の派遣等は、生産組合が、責任を負ってやって呉れる。 集団農場化は、大局から見て、都会の工業に対する農村のこれまでの植民地関係を止揚するばかりではない。一人一人の貧農・中農の直接の利害から云って集団農場に加入す・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・の道理をのみこめたし、生存の利害はきっちり春桃に結ばれていたし、嫉妬してはならないと云ったから、彼はその種子さえも踏みにじってしまった。李茂にしても、春桃のところから出てほかのどこへ行きたかろう。李茂は、家の内にいて、切手や紙のよりわけが上・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・再び、彼らはその平和の殿堂で、その胎んだ醜き伝統の種子のために開戦するであろう。彼らの武器は、彼らのとるべき戦法は、彼らの戦闘の造った文化のために益々巧妙になるであろう。益々複雑になるであろう。益々無数の火花を放って分裂するであろう。かかる・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・ この時期には内にあるいろいろな種子が力強く芽をふき始めます。ちょうど肉体の成長がその絶頂に達するころで、余裕のできた精力は潮のように精神的成長の方へ押し寄せて来るのです。で、この時期に萌えいでた芽はたとえそれが生活の中心へ来なくても、・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫