・・・ 何しろそんな風で今日迄やって来たのだが、以上を綜合して考えると、私は何事に対しても積極的でないから、考えて自分でも驚ろいた。文科に入ったのも友人のすすめだし、教師になったのも人がそう言って呉れたからだし、洋行したのも、帰って来て大学に・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・ しかしながら、一の理想をあらわすときに、他の理想を欠いている場合と、積極的に他の理想を打ち崩している場合とは少々違うのであります。欠いているのはただ含んでおらんと云うまでで、打ち壊すとなると明かにその理想に違背しているのですからして、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・今日の有様を以て事の本位と定め、これより進むものを積極となし、これより退くものを消極となし、余輩をしてその積極を望ましむれば期するところ左のごとし。 すなわち今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・積極的美 美に積極的と消極的とあり。積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ こうして、各面で婦人の参加が積極的な、重大な意味をもって来るとき、日本の民法が主婦を、無能者ときめていることは、何たる愚かな滑稽であろう。その無能力者を、刑法では、そう認めず、処罰にあたっては、忽ち同一の主婦が能力者として扱われるとい・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・な事実としてこの事を観察すると、私は、日本の現在の階級対立のけわしさや、そのきびしい抑圧の中からも何かの可能性をひき出し、たとえ半歩たりとも具体的に前進しようとする階級の、いよいよ強靭にされる連帯性、積極性の大小さまざまの情熱的な現実の内容・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・『近代文学』のグループといえば、ブルジョア民主主義の限界内で、個人主義的な主体性の確立の論議にとらわれていたようだけれども、去年の夏からファシズム反対の積極的な活動体となってきています。少くともこんにちのまじめな文化人は、一九三〇年代の終り・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 自然主義の小説というものの内容で、人の目に附いたのは、あらゆる因襲が消極的に否定せられて、積極的には何の建設せられる所もない事であった。この思想の方嚮を一口に言えば、懐疑が修行で、虚無が成道である。この方嚮から見ると、少しでも積極的な・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・人が何らか積極的の生を営み得るためには「虚無」さえも偶像であり得る。 偶像が破壊せられなくてはならないのは、それが象徴的の効用を失って硬化するゆえである。硬化すればそれはもう生命のない石に過ぎぬ。あるいは固定観念に過ぎぬ。けれどもこの硬・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・そうして先生の方へ積極的に進んで行く代わりに、先生の冷たさを感じていた。こういう感じを抱いた者はおそらく私一人ではなかったろうと思う。 この事実を先生の方から見ればどうなるか。私はそれを明らかにするために先生の手紙の一節を引く。――・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫