・・・即ち新夫婦相引く者をして益引かしめ、新旧相衝くの患を避けて遠く相引かしむるの法なり。世間無数の老人夫婦が倅に嫁を迎え娘に養子を貰い、無理に一家の中に同居して時に衝突を起せば、乃ち言く、是れ程に手近く傍に置て優しく世話するにも拘らず動もすれば・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 異教徒席の中から赭い髪を立てた肥った丈の高い人が東洋風に形容しましたら正に怒髪天を衝くという風で大股に祭壇に上って行きました。私たちは寛大に拍手しました。 祭司が一人出てその人と並んで紹介しました。「このお方は神学博士ヘルシウ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・民主主義文学の伝統にたいして正当性をかいている平野謙、荒正人氏たちの論説を反駁し、書きぶりは、アクロバットめいているが、衝く点はたしかについています。こういう本質をもった論文は書かれなければならないが、やっぱり、文学の世界の住人以外の人に、・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・羽子を突く音もしなければ、凧のうなりもきこえない。子供達は、何と云う名なのか知らないけれ共、地面に幾つも幾つも条を引いて、その条から条へと小石を爪先で蹴って行く遊びを主にして居る。首に毛糸で編んだ赤や紫の頸巻の様なものを巻きつけて懐手をして・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・わたくしはなんでもひと思いにしなくてはと思ってひざを撞くようにしてからだを前へ乗り出しました。弟は突いていた右の手を放して、今まで喉を押えていた手のひじを床に突いて、横になりました。わたくしは剃刀の柄をしっかり握って、ずっと引きました。この・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・どうかすると小刀で衝く。窃盗をする。詐偽をする。強盗もする。そのくせなかなかよい奴であった。女房にはひどく可哀がられていた。女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七になるまでは貧乏な人達を主人にして勤めたのだ。 ある日曜日に暇を貰っ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・佐助の眼を突く心理を少しも書かずに、あの作を救おうという大望の前で、作者の顔はこの誤魔化しをどうすれば通り抜けられるかと一身に考えふけっているところが見えてくるのである。 佐藤春夫氏は極力作者に代って弁解されたが、あの氏の弁明は要するに・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・我々は北極の閾の上に立って、地極というものの衝く息を顔に受けている。 この土地では夜も戸を締めない。乞食もいなければ、盗賊もいないからである。斜面をなしている海辺の地の上に、神の平和のようなものが広がっている。何もかも故郷のドイツなどと・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・これは私が鈍感であったせいかもしれぬが、とにかく私自身は、古い連中が圧制的だと感じたこともなかったし、また漱石に楯を突く態度をけしからぬと思ったこともない。初めのうちは、弟子たちが漱石に対して無遠慮であることから、非常に自由な雰囲気を感じた・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫