・・・ その時、間の四隅を籠めて、真中処に、のッしりと大胡坐でいたが、足を向うざまに突き出すと、膳はひしゃげたように音もなく覆った。「あれえ、」 と驚いて女房は腰を浮かして遁げさまに、裾を乱して、ハタと手を支き、「何ですねえ。」・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と天井抜けに、突出す腕で額を叩いて、「はっ、恐入ったね。東京仕込のお世辞は強い。人、可加減に願いますぜ。」 と前垂を横に刎ねて、肱を突張り、ぴたりと膝に手を支いて向直る。「何、串戯なものか。」と言う時、織次は巻莨を火鉢にさ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・とドス声を渋くかすめて、一つしゃくって、頬被りから突出す頤に凄味を見せた。が、一向に張合なし……対手は待てと云われたまま、破れた暖簾に、ソヨとの風も無いように、ぶら下った体に立停って待つのであるから。「どこへ行く、」 黙って、じろり・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ きょろんと立った連の男が、一歩返して、圧えるごとくに、握拳をぬっと突出すと、今度はその顔を屈み腰に仰向いて見て、それにも、したたかに笑ったが、またもや目を教授に向けた。 教授も堪えず、ひとり寂しくニヤニヤとしながら、半ば茫然として・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・格子戸外のその元気のいい声に、むっくり起きると、おっと来たりで、目は窪んでいる……額をさきへ、門口へ突出すと、顔色の青さをあぶられそうな、からりとした春爛な朝景色さ。お京さんは、結いたての銀杏返で、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子の帯の艶も、霞を・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・鳥渡でも頸を突き出すと直ぐ敵弾の的になってしまう。昼間はとても出ることが出来なかった、日が暮れるのを待ったんやけど、敵は始終光弾を発射して味方の挙動を探るんで、矢ッ張り出られんのは同じこと。」「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・それに、不服があるなら、今すぐ警察へ突き出す。」 急に与助は、おど/\しだした。「いゝえ、もう積金も何もえいせに、その警察へ何するんだけは怺えておくんなされ!」「いや、怺えることはならん!」「いゝえ、どうぞ、その、警察へ何す・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・老人は隠しの中の貨幣を勘定しながら、絶えず唇を動かして独言を言って、青い目であちこちを見て、折々手を隠しから出さずに肘を前の方へ突き出すのである。その様子が自分の前を歩いているものを跡からこづいて、立ち留らせて、振返えらせようとするようであ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ キヌ子は、おくめんも無く、右の手のひらを田島の鼻先に突き出す。 田島は、うんざりしたように口をゆがめて、「君のする事なす事を見ていると、まったく、人生がはかなくなるよ。その手は、ひっこめてくれ。カラスミなんて、要らねえや。あれ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・りで貴族系譜の数十巻をしらみつぶしに調べ上げ、やっと目的を達したと思うと、ド・ヴァレーズのでたらめを鵜のみにする公爵のあほうのために苦心が水の泡になり、そのいまいましさを片手の鵞ペンといっしょに前方に突き出す瞬間の皮肉な心理描写であろう。・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫