・・・慎太郎はまだ制服を着たまま、博士と向い合った父の隣りに、窮屈そうな膝を重ねていた。「ええ、すぐに見えるそうです。」「じゃその方が見えてからにしましょう。――どうもはっきりしない天気ですな。」 谷村博士はこう云いながら、マロック革・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・二人はしばらく待たされた後、やっと高座には遠い所へ、窮屈な腰を下す事が出来た。彼等がそこへ坐った時、あたりの客は云い合わせたように、丸髷に結ったお蓮の姿へ、物珍しそうな視線を送った。彼女にはそれが晴がましくもあれば、同時にまた何故か寂しくも・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・仁右衛門は二度睨みつけられるのを恐れるあまりに、無器用な足どりで畳の上ににちゃっにちゃっと音をさせながら場主の鼻先きまでのそのそ歩いて行って、出来るだけ小さく窮屈そうに坐りこんだ。「何しに来た」 底力のある声にもう一度どやし付けられ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それゆえ私が芸術家としての立場を、ブルジョア階級に定め、その作品はブルジョアに訴えるために書かれるものだと、宣言したに対して、あまりに窮屈な平面的な申し出であると言っていられる。芸術に超階級的超時代的の要素があるのは、広津氏を待たないでも知・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ と手を支いて、壁に着いたなりで細りした頤を横にするまで下から覗いた、が、そこからは窮屈で水は見えず、忽然として舳ばかり顕われたのが、いっそ風情であった。 カラカラと庭下駄が響く、とここよりは一段高い、上の石畳みの土間を、約束の出で・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・出口がせまいので少しからだを横にようやく通る窮屈さをいっそう興がって、ふたりは笑い叫ぶ。父の背を降りないうちから、ふたりでおんちゃんを呼んできたと母にいう騒ぎ、母はなお立ち働いてる。父と三児は向かい合わせに食卓についた。お児は四つでも箸持つ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開い・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・初対面の挨拶も出来かねたようなありさまで、ただ窮屈そうに坐って、申しわけの膝ッこを並べ、尻は少しも落ちついていない様子だ。「お父さんの風ッたら、ありゃアしない」お袋がこう言うと、「おりゃアいつも無礼講で通っているから」と、おやじはに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 子供は、なんという窮屈なことだろうと思いました。「お母さん、そんなら、私たちは、どんなところで遊んだらいいでしょうか。」と、子供は、母親にたずねました。 母親は、子供を振り向いて、「人間が、岸では、釣りをしていますから、河・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・乾燥した窮屈な姿勢だった。座っていても、いやになるほど大柄だとわかった。男の方がずっと小柄で、ずっと若く見え、湯殿のときとちがって黒縁のロイド眼鏡を掛けているため、一層こぢんまりした感じが出ていた。顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫