・・・わたくしは此のたびの草稿に於ては、明治年間の東京を説くに際して、寡聞の及ぶかぎり成るべく当時の人の文を引用し、之に因って其時代の世相を窺知らしめん事を欲しているのである。 松子雁の饒歌余譚に曰く「根津ノ新花街ハ方今第四区六小区中ノ地ニ属・・・ 永井荷風 「上野」
・・・『江頭百詠』は詼謔を旨とした『繁昌記』の文とは異って静軒が詩才の清雅なる事を窺知らしむるものである。静軒は花も既に散尽した晩春の静なる日、対岸に啼く鶯の声の水の上を渡ってかすかに聞えてくる事のいかに幽趣あるかを説いて下の如くに言っている。「・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・が、清水港に撃たれたるときに戦没したる春山弁造以下脱走士の為めに建てたるものにして、碑の背面に食人之食者死人之事の九字を大書して榎本武揚と記し、公衆の観に任して憚るところなきを見れば、その心事の大概は窺知るに足るべし。すなわち氏はかつて徳川・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・この一、二年間のヨーロッパには、日本人の容易に窺知し難い進歩があった。ヨーロッパが苦しみ疲れるのをあたかも自分の幸福であるがごとく感じている日本人は、やがて世界の大道のはるか後方に取り残された自分を発見するだろう。それはのんきな日本人が当然・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫