・・・が、彼等は三人とも、堆い薪を踏まえたまま、同じように静かな顔をしている。 刑場のまわりにはずっと前から、大勢の見物が取り巻いている。そのまた見物の向うの空には、墓原の松が五六本、天蓋のように枝を張っている。 一切の準備の終った時、役・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・水を汲む。薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱を背負って伴をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。 が、とうとう二十年たつと・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・燻製の魚のような香いと、燃えさしの薪の煙とが、寺の庫裡のようにがらんと黝ずんだ広間と土間とにこもって、それが彼の頭の中へまでも浸み透ってくるようだった。なんともいえない嫌悪の情が彼を焦ら立たせるばかりだった。彼はそこを飛び出して行って畑の中・・・ 有島武郎 「親子」
・・・外の小作人は野良仕事に片をつけて、今は雪囲をしたり薪を切ったりして小屋のまわりで働いていたから、畑の中に立っているのは仁右衛門夫婦だけだった。少し高い所からは何処までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のようにきり・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「ふうむ薪でも割ってくれれば好いけれど、手前にはそれも出来まい」と憎げに百姓はいった。馬鹿は卑しい、卑褻な詞で返事をした。 レリヤは、「此処は厭な処だから、もう帰りましょうね」と犬に向かっていって、後ろも見ずに引き返した。 レリヤは・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・……その日その日の米薪さえ覚束ない生活の悪処に臨んで、――実はこの日も、朝飯を済ましたばかりなのであった。 全焼のあとで、父は煩って世を去った。――残ったのは七十に近い祖母と、十ウばかりの弟ばかり。 父は塗師職であった。 黄金無・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・飾の鳥には、雉子、山鶏、秋草、もみじを切出したのを、三重、七重に――たなびかせた、その真中に、丸太薪を堆く烈々と燻べ、大釜に湯を沸かせ、湯玉の霰にたばしる中を、前後に行違い、右左に飛廻って、松明の火に、鬼も、人も、神巫も、禰宜も、美女も、裸・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・醤油樽、炭俵、下駄箱、上げ板、薪、雑多な木屑等有ると有るものが浮いている。どろりとした汚い悪水が、身動きもせず、ひしひしと家一ぱいに這入っている。自分はなお一渡り奥の方まで一見しようと、ランプに手を掛けたら、どうかした拍子に火は消えてしまっ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 人をはばからない声だ。薪を二、三本釜に入れて火を燃しつけた。省作はそれにはかまわず、湯を出て着物を着掛けている。「省さんもう上がったんですか。ぬるかったでしょう」 省作はいくじなく挨拶のことばも出ないが、帯を締めるにもことさら・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・山本薪炭商の主人は、先生からきいたごとく、さすがに苦労をしてきた人だけあって、はじめて田舎から出てきた賢一のめんどうをよくみてくれました。薪や炭や、石炭を生産地から直接輸入して、その卸や、小売りをしているので、あるときは、駅に到着した荷物の・・・ 小川未明 「空晴れて」
出典:青空文庫