・・・「何も申しませんから、何卒そう被仰らずにお返しを願います、それでないと私の立つ瀬がないのですから……」と言わせも果てず母は火鉢を横に膝を進めて、「怪しからんことを言うよ、それでは私が今日お前の所から何か持ってでも帰ったと言うのだね、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・て、泣いたわよ、三度も泣いた、姉さんはね、あたしの泣きかたが大袈裟で、気障ったらしいと言ったわ、姉さんはね、あれで、とっても口が悪いの、あたしは可哀想な子なのよ、いつも姉さんに怒られてばっかりいるの、立つ瀬が無いの、あたし職業婦人になるのよ・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・やっと、人間として生活し始め、独特な作品も出ようと云う時、又、再び、貧しき人々の群を書いた頃の、従順を期待されては、全く、一箇の芸術家として、立つ瀬がないではないか。 これ程、自分の感情、よく云われる悪く云われる、世間体、体面を喧しく云・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫