・・・と縁へはみ出るくらい端近に坐ると一緒に、其処にあった塵を拾って、ト首を捻って、土間に棄てた、その手をぐいと掴んで、指を揉み、「何時、当地へ。」「二、三日前さ。」「雑と十四、五年になりますな。」「早いものだね。」「早いにも・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 赤帽の言葉を善意に解するにつけても、いやしくも中山高帽を冠って、外套も服も身に添った、洋行がえりの大学教授が、端近へ押出して、その際じたばたすべきではあるまい。 宗吉は――煙草は喫まないが――その火鉢の傍へ引籠ろうとして、靴を返し・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・母までが端近に出て来てみんなの話にばつを合わせる。省作がよく働きさえすれば母は家のものに肩身が広くいつでも愉快なのだ。慈愛の親に孝をするはわけのないものである。「今日明日とみっちり刈れば明後日は早じまいの刈り上げになる。刈り上げの祝いは・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと上って長火鉢の向へむずとばかり、「手紙は届いたかね」との一言で先ず我々の荒肝をひしがれた。「届きました」と自分が答えた。「言って来たことは都合がつくかね?」「用・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「そこはあまり端近です。まあ奥の方へ御通りなすって――」 と亭主に言われて、学士は四辺を見廻わした。表口へ来て馬を繋ぐ近在の百姓もあった。知らない旅客、荷を負った商人、草鞋掛に紋附羽織を着た男などが此方を覗き込んでは日のあたった往来・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・外に大きな勢力もおよんでいたが、後には権力ある外戚藤原氏が奉った他の女人が当時の事情として自然重きをなして定子はやがて、桐壺藤壺などというように中宮のための住居としてあてられている奥の建物から、ずっと端近な今でいえば事務のようなことをする棟・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫