・・・ と便所の裡で屋根へ投げた、筒抜けな大欠伸。「笑っちゃあ……不可い不可い。」「ははははは、笑ったって泣いたって、何、こんな小僧ッ子の眉毛なんか。」「厭、厭、厭。」 と支膝のまま、するすると寄る衣摺が、遠くから羽衣の音の近・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 蜜柑箱を墨で塗って、底へ丸い穴を開けたのへ、筒抜けの鑵詰の殻を嵌めて、それを踏台の上に乗せて、上から風呂敷をかけると、それが章坊の写真機である。「またみんなを玩具にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 筒抜けに上機嫌な一太の声を、母親はぎょっとしたようなひそひそ声で、「そうかい、そりゃお手柄だ」といそいで揉み消した。「さあもう一っ稼ぎだ」 また風呂敷包を両手に下げた引かけ帯の見窄しい母親と並んで、一太は一層商売を心得・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ ただ、底抜けでない、筒抜けでは決してないという心強さが、じわじわと彼の心の核にまで滲みこみ、悠久な愛情が滾々と湧き出して、一杯になっていた苦しみを静かに押し流しながら、慎み深い魂全体に満ち溢れるのである。「何事もはあ真当なこった…・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫