・・・そういう大尉は着物から羽織まで惜げもなく筒袖にして、塾のために働こうという意気込を示していた。 この半ば家庭のような学校から、高瀬は自分の家の方へ帰って行くと、頼んで置いた鍬が届いていた。塾で体操の教師をしている小山が届けてくれた。小山・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・太郎や次郎はもとより、三郎までもめきめきとおとなびて来て、縞の荒い飛白の筒袖なぞは着せて置かれなくなったくらいであるから。 目に見えて四人の子供には金もかかるようになった。「お前たちはもらうことばかり知っていて、くれることを知ってる・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・と云いつつ藁帽をぬいで筒袖で額を撫でた。「サーそろそろ行きましょう。モット下へ行って見ましょ。」小津神社の裏から藪ふちを通って下へ下へと行く。ところどころ籾殻を箕であおっている。鶏は喜んであっちこちこぼれた米をひろっている。子供が小流で何か・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・徳川幕府が仏蘭西の士官を招聘して練習させた歩兵の服装――陣笠に筒袖の打割羽織、それに昔のままの大小をさした服装は、純粋の洋服となった今日の軍服よりも、胴が長く足の曲った日本人には遥かに能く適当していた。洋装の軍服を着れば如何なる名将といえど・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・着物の裾をからげて浅葱の股引をはき、筒袖の絆纏に、手甲をかけ、履物は草鞋をはかず草履か雪駄かをはいていた。道具を入れた笊を肩先から巾広の真田の紐で、小脇に提げ、デーイデーイと押し出すような太い声。それをば曇った日の暮方ちかい頃なぞに聞くと、・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・幅の狭い唐縮緬をちょきり結びに御臀の上へ乗せて、絣の筒袖をつんつるてんに着ている。髪だけは一種異様の束髪に、だいぶ碌さんと圭さんの胆を寒からしめたようだ。「あの下女は異彩を放ってるね」と碌さんが云うと、圭さんは平気な顔をして、「そう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 筒袖絆纏を着た六十ばかりの神さんが、四畳の方の敷居の外からそのような挨拶をした。陽子は南向きの出窓に腰かけて室内を眺めているふき子に小さい声で、「プロフェッショナル・バアチャン」と囁いた。ふき子は笑いを湛えつつ、若々しい眼尻で・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 汽車賃、小使い、お君へかかったものの勘定、あれやこれやではなかなかさかさに立っても、出せないほどの高になった。 筒袖を着物の様に合わせた衿に深く顎を埋めて、金の出所をお節は思案した。 東京の様な質屋めいた家もないではないけれど・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 自分で結う丸髷をきれいに光らせて縞の筒袖の上から黒無地の「モンペ」をはいて居る。草鞋を履いてでも居そうなのに、白足袋に草履があんまり上品すぎる。 足の方を見ると、神社の月掛けを集めて廻る男の様な気がする。年の割にしては小綺麗に見え・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・―― わたしたち姉弟が、紺絣の筒袖に小倉の小さい袴をはいた男の児と、リボンをお下げの前髪に結んでメリンスの元禄袖の被布をきた少女で、誠之に通っていたころ、学校はどこもかしこも木造で、毎日数百の子供たちの麻裏草履でかけまわられる廊下も階段・・・ 宮本百合子 「藤棚」
出典:青空文庫