・・・ 幸に箸箱の下に紙切が見着かった――それに、仮名でほつほつとと書いてあった。 祖母は、その日もおなじほどの炎天を、草鞋穿で、松任という、三里隔った町まで、父が存生の時に工賃の貸がある骨董屋へ、勘定を取りに行ったのであった。 七十・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・上には飯茶碗が二つ、箸箱は一つ、猪口が二ツと香のもの鉢は一ツと置ならべられたり。片口は無いと見えて山形に五の字の描かれた一升徳利は火鉢の横に侍坐せしめられ、駕籠屋の腕と云っては時代違いの見立となれど、文身の様に雲竜などの模様がつぶつぶで記さ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・お茶を飲もうとする茶碗も、箸箱も、皆、今度新らしく二人で買い調えたものだ。 卓子に向って坐ると、二人は、感動し、我知らず祈を捧げる心持になった。 今から、自分達の、二人きりの、生活が始るのだ。どうぞ幸福であるように。彼も、自分も幸福・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫