・・・ 青木は井筒屋の米櫃でもあったし、また吉弥の旦那をもって得々としていたのである。しかしその実、苦しい工面をしていたということは、僕が当地へ初めて着した時尋ねて行った寺の住職から聴くことが出来た。 住職のことはこの話にそう編み込む必要・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ ………… 空行李、空葛籠、米櫃、釜、其他目ぼしい台所道具の一切を道具屋に売払って、三百に押かけられないうちにと思って、家を締切って八時近くに彼等は家を出た。彼は書きかけの原稿やペンやインキなど入れた木通の籠を持ち、尋常二年生の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・内儀「賤しいたって貴方、お米を買うことが出来ませんよ、今日も米櫃を払って、お粥にして上げましたので」七「それは/\苦々しいことで」内儀「そんな事を仰しゃらずに往って入らっしゃいまし」七「じゃア往こう、だが当にしなさんな」・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・文士からいえば米櫃の不振である。新設されべき文芸院が果してこの不振の救済を急務として適当の仕事を遣り出すならば、よし永久の必要はなしとした所で、刻下の困難を救う一時の方便上、文壇に縁の深い我々は折れ合って無理にも賛成の意を表したいが、どうし・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・その中にたのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時たのしみはまれに魚烹て児等皆がうましうましといひて食ふ時など貧苦の様を詠みたるもあり。 文人の貧に処るは普通のことにして、彼らがいくばくか誇張的にその貧を文字に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・春を呼んで、米はどうなっているかと問うてみると、丁度米櫃が虚になって、跡は明日持って来るのだと云う。そこで石田は春を勝手へ下らせて、跡で米の量を割ってみた。陸軍で極めている一人一日精米六合というのを迥に超過している。石田は考えた。自分はどう・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫