・・・ 海はただ幾重かの海苔粗朶の向うに青あおと煙っているばかりである。…… けれども海の不可思議を一層鮮かに感じたのは裸になった父や叔父と遠浅の渚へ下りた時である。保吉は初め砂の上へ静かに寄せて来るさざ波を怖れた。が、それは父や叔父と海の中・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・五軒目には人が住んでいたがうごめく人影の間に囲炉裡の根粗朶がちょろちょろと燃えるのが見えるだけだった。六軒目には蹄鉄屋があった。怪しげな煙筒からは風にこきおろされた煙の中にまじって火花が飛び散っていた。店は熔炉の火口を開いたように明るくて、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・路には処々、葉の落ちた雑樹が、乏しい粗朶のごとく疎に散らかって見えた。「こういう時、こんな処へは岡沙魚というのが出て遊ぶ」 と渠は言った。「岡沙魚ってなんだろう」と私が聞いた。「陸に棲む沙魚なんです。蘆の根から這い上がって、・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・親仁はうしろへ伸上って、そのまま出ようとする海苔粗朶の垣根の許に、一本二本咲きおくれた嫁菜の花、葦も枯れたにこはあわれと、じっと見る時、菊枝は声を上げてわっと泣いた。「妙法蓮華経如来寿量品第十六自我得仏来所経諸劫数無量百千万億載阿僧・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ その町の端頭と思う、林道の入口の右側の角に当る……人は棲まぬらしい、壊屋の横羽目に、乾草、粗朶が堆い。その上に、惜むべし杉の酒林の落ちて転んだのが見える、傍がすぐ空地の、草の上へ、赤い子供の四人が出て、きちんと並ぶと、緋の法衣の脊高が・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・と、囲炉裏に粗朶をたきながら話しました。 それから、後のことです。村の人たちは、髪を乱して、素足でうたって歩くおきぬを見ました。「ねんねん、ころころ、ねんねしな。なかんで、いい子だ、ねんねしな。」 子供を失った悲しみ・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・ 勇吉夫婦は酔っ払った上互に狂人のように悪態をつき合ながら、炉の粗朶火をふり廻して、亭主がここへ火をつけると、女房もそっちに火をつける。火をつけながら、泣きながら、おしまは、「こげえな家が何でえ! 畜生! 夜もねねえでかせいだんなあ何の・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・その娘の煙ったいというのは本当に煙のことで、田舎では毎朝毎夕炉で粗朶をいぶし、煮たきをする、その煙が辛い。ガスのある東京で世帯をもちたいというのである。 巡査にしろ、小学校教員にしろ、その妻は畑仕事が主な仕事ではなくて生計が営める。婦人・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫