・・・もっともお互い今度会う時まで便りをしないでおこうという約束だったのですが、しかし、やはり消息が判らないのは心配でした。 五年は瞬く間にたちました。そして約束の彼岸の中日が近づいてくると、私はいよいよ秋山さんの安否が気になってきて、はたし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・高はいくらでもないが、今朝までにはきっと持ってくるという約束で持って行った金なんだがね」 彼はますます不機嫌に黙りこんでしまった。私はすっかりてれて、悄げてしまった。「準備はもうすっかりできたのかね?」と、私は床の間の本箱の側に飾ら・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・…… 堯は五六年前は、自分の病気が約束している死の前には、ただ甘い悲しみを撒いただけで通り過ぎていた。そしていつかそれに気がついてみると、栄養や安静が彼に浸潤した、美食に対する嗜好や安逸や怯懦は、彼から生きていこうとする意志をだんだんに・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・この四郎さんは私と仲よしで、近いうちに裏の田んぼで雁をつる約束がしてあったのです、ところがその晩、おッ母アと樋口は某坂の町に買い物があるとて出てゆき、政法の二人は校堂でやる生徒仲間の演説会にゆき、木村は祈祷会にゆき、家に残ったのは、下女代わ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具象的描写を事とせねばならぬ故、人生全体としての指導原理の探究を目ざすことはできぬ。それ故一定の目的をもって文芸に向かうものにとっては、それは活きてはいるが低徊的である。それは行為の法則を与えよ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・若し、自分の村で約束したゞけ取れそうになかったら、隣村へ侵蝕してでも、無理やりに取る。 候補に立とうとするような地主は、そういう男を必ず逃がさずにとっ掴まえ、金を貸したり田を作らしたりしておいて、必要に応じて走りまわらせるのである。又、・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・神田川の方に船宿があって、日取り即ち約束の日には船頭が本所側の方に舟を持って来ているから、其処からその舟に乗って、そうして釣に出て行く。帰る時も舟から直に本所側に上って、自分の屋敷へ行く、まことに都合好くなっておりました。そして潮の好い時に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・彼は今度の日を約束して帰った。約束の前の晩、彼はこの前のようなことがないように、と思い、カフェーへ出かけてみた。女は彼にちょうど手紙を出したところだ、と言い、きゅうにまた明日用事ができて行けなくなったと言った。そして本当に気の毒そうな顔をし・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・あれからまた一軒あるにはあって、借り手のつかないうちにと大急ぎで見に行って来た家は、すでに約束ができていた。今の住居の南隣に三年ばかりも住んだ家族が、私たちよりも先に郊外のほうへ引っ越して行ってしまってからは、いっそう周囲もひっそりとして、・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫