・・・二時間のち、同じところで二十枚のばいきんだらけのくしゃくしゃ汚き紙片、できるだけむぞうさに手交して、宅のサラリイ前借りしたのよ、と小さく笑った萱野さんの、にっくき嘘、そんな端々にまで、私の燃ゆる瞳の火を消そうと警戒の伏線、私はそれを悲しく思・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・小さく折り畳まれた紙片である。「なんだね。」助七は、大きい右手を差し出した。「いいえ。」青白い顔の眼の大きいその女の子は、名女優のように屹っと威厳を示して、「あなたでは、ございません。」「僕だ。」高須は、傍から、ひったくるように・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・(うろついて、手にしているたくさんの紙片を、ぱっと火鉢に投げ込む。火焔ああ、これも花火。冬の花火さ。あたしのあこがれの桃源境も、いじらしいような決心も、みんなばかばかしい冬の花火だ。玄関にて、「電報ですよ。どなたか、居りませんか・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二ヶ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。 次男は、二十四歳。こ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 紙片の外にまださまざまの物の破片がくっついていた。木綿糸の結び玉や、毛髪や動物の毛らしいものや、ボール紙のかけらや、鉛筆の削り屑、マッチ箱の破片、こんなものは容易に認められるが、中にはどうしても来歴の分らない不思議な物件の断片があった・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べるとかなりな相違があるのを見のがすことはできない。映画芸術の経済的社会的諸問題はここから出発するのである。 映画の成立・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それだから、カメラをさげて秋晴れの郊外を歩いている人たちはおそらく幾平方センチメートルの紙片の中に全武蔵野の秋を圧縮して持って来るつもりで歩いているのであろう。少なくも自分の場合には何枚かの六×九センチメートルのコダック・フィルムの中に一九・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・花というものは植物の枝に偶然に気まぐれにくっついている紙片や糸くずのようなものでは決してない。われわれ人間の浅はかな知恵などでは到底いつまでたってもきわめ尽くせないほど不思議な真言秘密の小宇宙なのである。それが、どうしてこうも情けない、紙細・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・花というものは植物の枝に偶然に気紛れにくっついている紙片や糸屑のようなものでは決してない。吾々人間の浅墓な智慧などでは到底いつまでたっても究め尽せないほど不思議な真言秘密の小宇宙なのである。それが、どうしてこうも情ない、紙細工のようなものに・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ひもにはりつけた赤い紙片の上にはってある切手の消印を読もうとして苦しんでいたが、消印はただ輪郭の円形がぼんやり見えるだけであった。「実に無責任だなあ」郵便局に対する不平を口の内でつぶやきながら、空虚な円の中から何かを見いだそうとして、ためつ・・・ 寺田寅彦 「球根」
出典:青空文庫