・・・この言をしてもし平生にあらしめば必ず一条の紛紜を惹き起こすに相違なきも、病者に対して看護の地位に立てる者はなんらのこともこれを不問に帰せざるべからず。しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かしむることを得ずと、断乎として謂い出だ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・心長閑にこの春光に向かわば、詩人ならざるもしばらく世俗の紛紜を忘れうべきを、春愁堪え難き身のおとよは、とても春光を楽しむの人ではない。 男子家にあるもの少なく、婦女は養蚕の用意に忙しい。おとよは今日の長閑さに蚕籠を洗うべく、かつて省作を・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・民事訴訟の紛紜、及び余り重大では無い、武士と武士との間に起ったので無い刑事の裁断の権能をもそれに持たせた。公辺からの租税夫役等の賦課其他に対する接衝等をもそれに委ねたのであった。実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・という意味は傍観者である間は、他に対する道義上の要求がずいぶんと高いものなので、ちょっとした紛紜でも過失でも局外から評する場合には大変苛い。すなわちおれが彼の地位にいたらこんな失体は演じまいと云う己を高く見積る浪漫的な考がどこかに潜んでいる・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・今夜は紋日でなくッて、紛紜日とでも言うんだろう。あッちでも始まればこッちでも始まる。酉の市は明後日でござい。さア負けたア負けたア、大負けにまけたアまけたア」と、西宮は理も分らぬことを言い、わざとらしく高く笑うと、「本統に馬鹿にしていますね」・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・もとよりこの二流は、はじめより元素を殊にするものなれば、とうてい親和抱合すべからざるものと思わるれども、人事紛紜の際には思のほかなる異像を現出するものなり。近くその一例を示さん。 旧幕府の末年に、天下有志の士と唱うる人物の内には、真に攘・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・事緒紛紜、物論喋々、また文事をかえりみるに遑あらず。ああ、これ、革命の世に遁るべからざるの事変なるべきのみ。 この際にあたりて、ひとり我が義塾同社の士、固く旧物を守りて志業を変ぜず、その好むところの書を読み、その尊ぶところの道を修め、日・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
出典:青空文庫