・・・第に引潮が早くなって、――やっと柵にかかった海草のように、土方の手に引摺られた古股引を、はずすまじとて、媼さんが曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出す、その効なく……博多の帯を引掴みながら、素見を追懸けた亭主が、値が出来ないで舌打・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・殊に外国からやって来た素見の客に対しては、まるでもう処女の如くはにかみ、顔を真赤にしたという話を聞きました。松岡などに逢ったら、多少でも良心のあるひとなら誰でも、へどもどしますよ。それを当の松岡は(これは譬噺レニンに呆れられているという事に・・・ 太宰治 「返事」
・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出している所もある。遥かの三階からは・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。 廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出しているところもある。はるかの三・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫