・・・上述のガリレー、ニュートンの発見に関する逸話はその実信ずるに足らぬ俗説であるが、しかしこれらの発見をするためにはまた非凡な準備素養を要した事は言うまでもない。ルベリエが海王星を発見したのも、天王星の運動を精細に知りその運動の説明しがたき小不・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
『文学』の編輯者から『徒然草』についての「鑑賞と批評」に関して何か述べよという試問を受けた。自分の国文学の素養はようやく中学卒業程度である。何か述べるとすれば中学校でこの本を教わった時の想い出話か、それを今日読み返してみ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・高等学校時代に数学の得意であった先生は、こういうものを読んでもちゃんと理解するだけの素養をもっていたのである。文学者には異例であろうと思う。 高浜、坂本、寒川諸氏と先生と自分とで神田連雀町の鶏肉屋へ昼飯を食いに行った時、須田町へんを歩き・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・おそらく世界第一の火災国たる日本の消防がほとんど全く科学的素養に乏しい消防機関の手にゆだねられ、そうして、いちばん肝心な基礎科学はかえって無用の長物ででもあるように火事場からはいっさい疎外されているのである。 わが国で年々火災のために灰・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 特別な数学的素養のない人でも、この理論の根底に横たわる認識論上の立場の優越を認める事はそう困難とは思われない。かえってむしろ悪く頭のかたまったわれわれ専門学者のほうが始末が悪いかもしれない。この場合でも心の貧しき者は幸いである。 ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥な分子が多いように思われており、また実際そうであるのは、これらのものの作者が従来精神的素養の乏しい階級に属していたためにそうなったので、それは必ずしも必然な本質的な理由あっての事ではないという事は、ほとん・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・ 梅花を見て興を催すには漢文と和歌俳句との素養が必要になって来る。されば現代の人が過去の東洋文学を顧ぬようになるに従って梅花の閑却されるのは当然の事であろう。啻に梅花のみではない。現代の日本人は祖国に生ずる草木の凡てに対して、過去の日本・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・それを借りたときにも返した時にも、先生は哲学の方の素養もあるのかと考えて、小供心に羨ましかった。 あるときどんな英語の本を読んだら宜かろうという余の問に応じて、先生は早速手近にある紙片に、十種ほどの書目を認めて余に与えられた。余は時を移・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
第一、相手の性行を単時間に、而して何等かの先入的憧憬又は羞恥を持った人が、平生に観察し得るだけの素養と直覚とを持ているか如何か、ということが大きな根本的な問題と存じます。第二、若し其れだけの心の力がある人なら、相手の表情・・・ 宮本百合子 「結婚相手の性行を知る最善の方法」
・・・「でも駄目らしゅうござんすねえ、 まるで素養がないんですもの。」「音楽なんか君天才さえ有れば鳥の歌をきいてたって名人になれるさ。」「その天才がてんでないんだよ。」 三人は取りはずした様にフフフフと笑った。 それから三・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
出典:青空文庫