・・・すると、正面に当る廊下の両開きになっている扉の片方が細めにすーと開いて、そこから誰かの眼が内をのぞいた。弟は、書生さんが起しに来てくれたと思った。帳面から顔をあげず、もう起きてるよ、と云って、読みつづけていた。暫くして上の弟が起きて来て、初・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ちょうど若葉の見頃な楓もあったが、樹ぶりが皆、すんなり、どちらかというと細めで素直だ。石南花など、七八年前札幌植物園の巖の間で見た時は、ずんぐりで横にがっしりした、まあ謂わば私みたいな形だったのに、ここで見ると同じ種類でもすらりとし、背にの・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・自分がそれに目をつけたのを認め、主任は、煙草のけむをよけて眼を細めながら、書類の間をさがし、「――見ましたか」と一枚のビラをよこした。共青指導部の署名で出された、赤色メーデーを敢行せよ! というビラである。「そういうものが、こっ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・両眼を細め、片腕を肱ごと前列の椅子の背へもたせかけ舞台を見つめて話をきいている皺深い横顔の輝きを見てくれ。СССРが凡そ百三十万のクラブ員の上に投げているこれは光の一片である。 革命第十三年にあるСССРで、組合員千二十八万人をもつ職業・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・詮策ぽく細められてもいないし、厳しく見据えられてもいない。それは本当に心の窓という風で、私はそこから偶然自分に向って注がれる視線にあうと、さあっと暖い血汐が体の中を流れるように感じた。そして、自分のもっているいい心を自分で信じて生きて行って・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・になって、落日に向って額に手をかざし「眠りこむように目を細め」る主人公が描かれている。 嘉村氏は、転落する地方地主の生活に突入っていわばその骨を刻むように書いているつもりなのであるが、結局その努力も主題を発展的な歴史の光によって把握して・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・日暮方、明障子を細めに小さい手がのぞいてパタリとかるくたおれたもの音にそれと察した。女達は美くしい錦木の主とつれない紫の君の上を思って自分がその人だったらなどと思う女もないではなかった。送られた女君はそれを一目細い目を開いて見ただけで童のお・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・○扉を細めにあけて、そこに繩をはった有蓋貨車に人がのって走って行った。○正一が千葉から戻ってえの、○○がつれて鳥取へ行きよった刀剣をもって。かえりに梨買うて来ちょります。○砂糖を何匁配給になった○油をどの位○・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
・・・ 若者は荷物の下から、眼を細めて太陽を眺めると、「ちょっと暑うなったな、まだじゃろう。」 二人は黙ってしまった。牛の鳴き声がした。「知れたらどうしよう。」と娘はいうとちょっと泣きそうな顔をした。 種蓮華を叩く音だけが、幽・・・ 横光利一 「蠅」
・・・しッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段を登り、長いお廊下を通って、漸く奥様のお寝間へ行着ましたが、どこからともなく、ホンノリと来る香は薫り床しく、わざと細めてある行燈の火影幽かに、室は薄暗がり・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫