・・・ 桂三郎は、私の兄の養子であったが、三四年健康がすぐれないので、勤めていた会社を退いて、若い細君とともにここに静養していることは、彼らとは思いのほか疎々しくなっている私の耳にも入っていたが、今は健康も恢復して、春ごろからまた毎日大阪の方・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 嫁にきて間がない深水の細君は、眼も、口も、鼻も、そろって小さく、まるい顔して、ころころにふとっていた。何畳だか、一間きりの家の中はよくかたづいていて、あたらしいタンスや紅いきれのかかった鏡台やがあった。「印刷工組合の指導者、青井三・・・ 徳永直 「白い道」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・またハントがカーライルの細君にシェレーの塑像を贈ったという事も知れている。このほかにエリオットのおった家とロセッチの住んだ邸がすぐ傍の川端に向いた通りにある。しかしこれらは皆すでに代がかわって現に人が這入っているから見物は出来ぬ。ただカーラ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 細君がそう云った。 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・西宮さんがそんな虚言を言う人ではないと思い返すと、小万と二人で自分をいろいろ慰めてくれて、小万と姉妹の約束をして、小万が西宮の妻君になると自分もそこに同居して、平田が故郷の方の仕法がついて出京したら、二夫婦揃ッて隣同士家を持ッて、いつまでも・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども、家に帰れば老人の口碑も聞き細君の愚痴も喧しきがために、残夢まさに醒めんとしてまた間眠するの状なきにあらず。これ等の事情をもって考るに、今の成行きにて事変なければ格別なれども、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・いっそこのまま帰ろうかとも思うて門の内で三人相談して居たが、妻君の勧めもあるから、遂に坐敷に上りこんで待つ事にした。やがて車の音がして主人は息をきらして帰って来られた。これは妻君が方々へ使を出して主人の行先を尋ねられたためであった。 容・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・また、たくでは近頃景気がいいんですのよ、という風体だった細君連も、ちがった姿となっている。 そして、これらの変化にはやはり贅沢禁止のいろいろな運動が役にたっているにちがいないのだろう。街のプラタナスの今年の落葉は、「簡素のなかの美しさ」・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。 木村のためには、こ・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫