・・・はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな色の幅びろい縁を取った胴衣を襲ね、数の多いその釦には象眼細工でちりばめた宝石を用い、長い総のついた帯には繍取りのあるさまざまの袋を下げているのを見て、わたくしは男の服装の美なる事はむしろ女に優っ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・木は何の木か知らぬが細工はただ無器用で素朴であるというほかに何らの特色もない。その上に身を横えた人の身の上も思い合わさるる。傍らには彼が平生使用した風呂桶が九鼎のごとく尊げに置かれてある。 風呂桶とはいうもののバケツの大きいものに過ぎぬ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。 彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・、三十年以来、下士の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗てその品位を増す者あり、或は・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・オオビュルナンは窓の下にある気の利いた細工の長椅子に腰を掛けた。 オオビュルナンは少し動悸がするように感じて、我ながら、不思議だと思った。相手の女が同じ人であるだけに、過ぎ去った日のあらゆる感情が復活して来たのだろうか。今の疑懼の心持は・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 天神橋を渡ると道端に例の張子細工が何百となくぶら下って居る。大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に休んだ。折あしく池の泥を浚えて居る処で、池は水の・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏の木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅の広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。 さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・お主の噂をして居ったのじゃそこにソレ、花が咲いてござるワ、そこに一寸足をのして行っても大した時はつぶれませぬじゃ、そうなされ。第一の精霊 ほんにそうじゃ。お主の細工ものの様な足が一寸も休まずに歩くのを見ると目の廻るほど私は気にかかる――・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・鳥屋は別当が薄井の爺さんにことわって、縁の下を為切って拵えて、入口には板切と割竹とを互違に打ち附けた、不細工な格子戸を嵌めた。 或日婆あさんが、石田の司令部から帰るのを待ち受けて、こう云った。「別当さんの鳥が玉子を生んだそうで、旦那・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そこの小家はいずれも惚れ惚れするような編み細工や彫刻で構成せられた芸術品であった。男は象眼のある刃や蛇皮を巻いたの鉄の武器、銅の武器を持たぬはなかった。びろうどや絹のような布は至る処で見受けられた。杯、笛、匙などは、どこで見ても、ヨーロッパ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫