・・・後の銃後と相俟って、旅順攻囲の終始が記録的に、しかも、自分一個の経験だけでなく、軍事的知識と見聞をかき集めて、戦線を全貌的に描き出そうと努めてある。しかも、多くを書いてあるのに、視野は広いとは云えないし、自由でもない。客観的な現実はそのまゝ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ その実体には、もとより、終始もなく、生滅もないはずである。されど、実体の両面たる物質と勢力とが構成し、仮現する千差万別・無量無限の形体にいたっては、常住なものはけっしてない。彼らすでに始めがある。かならず終りがなければならぬ。形成され・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 其実体には固より終始もなく生滅もなき筈である、左れど実体の両面たる物質と勢力とが構成し仮現する千差万別・無量無限の個々の形体に至っては、常住なものは決してない、彼等既に始めが有る、必ず終りが無ければならぬ、形成されし者、必ず破壊されね・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・この原作に於てはこれからさき少しお読みになれば判ることでありますが、女房コンスタンチェひとり、その人についての描写に終始して居り、その亭主ならびに、その亭主の浮気の相手のロシヤ医科大学の女学生については、殆んど言及して在りません。私は、その・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・この乳母は、終始、私を頑強に支持した。世界で一ばん偉いひとにならなければ、いけないと、そう言って教えた。つるは、私の教育に専念していた。私が、五歳、六歳になって、ほかの女中に甘えたりすると、まじめに心配して、あの女中は善い、あの女中は悪い、・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・王子とラプンツェルは、手を握り合って魔の森から遁れ、広い荒野を飲まず食わず終始無言で夜ひる歩いて、やっとお城にたどり着く事が出来たものの、さて、それからが大変です。 王子も、ラプンツェルも、死ぬほど疲れていましたが、ゆっくり休んでいるひ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・かほどに多くの学生から尊敬される先生は、日本の学生に対して終始渝らざる興味を抱いて、十八年の長い間哲学の講義を続けている。先生が疾くに索寞たる日本を去るべくして、いまだに去らないのは、実にこの愛すべき学生あるがためである。 京都の深田教・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・さなくても骨ばかりの痩せた身体に終始痛みが加わるので、僅かの身動きさえならず、苦しいの苦しくないのと、そんなことをいうだけ野暮な位になって来た。始めは客のある時は客の前を憚かって僅に顔をしかめたり、僅に泣声を出す位な事であったが、後にはそれ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・けだし走者の多き時は遊技いよいよ複雑となるにかかわらず球は終始ただ一個あるのみなればなり。今走者と球との関係を明かにせんに走者はただ一人敵陣の中を通過せんとするがごとき者、球は敵の弾丸のごとき者なり。走者は正方形の四辺を一周せんとする者にし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・余は彼が何処までも彼の面目を失ふことなく、其恋を終始せんとするを見て今更に云ふ可からざる感慨に入らんとするなり。嗚呼彼女の堅き頑なゝる皮殼を破りて中心に入り、彼女が聖愛によりて救はるゝの時来らん事を見るは如何によき事なる可きぞ。余は主の摂理・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫