・・・故人北原多作氏のごとき少数な篤学の官吏の終生の努力と熱心によってようやく水産に聯関した海洋調査がやや系統的に行われるようになりはしたが、自分の知る限りでは時々の政府の科学的理解のない官僚の気まぐれなその日その日の御都合による朝令暮改の嵐にこ・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・泰山もカメラの裏に収まり、水素も冷ゆれば液となる。終生の情けを、分と縮め、懸命の甘きを点と凝らし得るなら――然しそれが普通の人に出来る事だろうか? ――この猛烈な経験を嘗め得たものは古往今来ウィリアム一人である。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 作人はその間に、魯迅と一緒にあずけられた家から祖父の妾の家へ移って、勉学のかたわら獄舎の祖父の面会に行ったり、「親戚の少女と淡い、だが終生忘られない初恋を楽しんだりしていた。」 魯迅と作人との少年時代の思い出は、このように異った二・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・エンゲルスと共に終生変らぬマルクス夫妻の仲間となったワイデマイヤーとの交際もはじまった。イエニーはすべての友人たちのよい女友であり母であった。 一八四五年にカールは、ベルギー政府とプロシヤ政府連合の追放政策から自身を守るためにプロシヤの・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・健全な結婚ということの実際は、十人の子供を持ったという結果からだけではなくて、その子供たちの父と母とが終生人間としての向上心を失わず、父は旧来の男の習俗におちず妻に対して誠実であるということからも見られて行かなければならないだろう。 そ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・而も、一旦生まれた以上、我々は出生に絡むあらゆる社会的偶然と必然とを終生何かの形で荷なって、生きて行かざるを得ない。子供から大人になりかかって、漸々自分というものを考える力がついた時、何故自分は生まれたのであろう。そして何の為に生れたのであ・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・もし知識人の苦悩といい、批判というのならば、帰る田舎や耕す田地は持たないで、終生知識人としての環境にあってその中でなにかの成長を遂げようとする努力の意図がとりあげられなければなるまい。駿介に還る田舎を設定しなければこの小説全篇が成り立たない・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・当時日進月歩であった新日本の足どりにおくれて手足まといとならない範囲に開化して、しかも過去の自由民権時代の女流のように男女平等論などを論ぜず内助の功をあげることを終生のよろこびとする、そのような女を、明治の日本は理想の娘、妻、母として描き出・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・孝子夫人は、終生自分なりの形でそれをもちつづけた女性であった。この人間としての宝は、しかし、現実のなかでそのもち主たちを決して小さな安住の中にとどめておかないものである。さりとて日本の習俗のなかでは、闊達自在の表現で、その情熱を情熱のなりに・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ 時雨さんが終生文学の周囲に居られて、それに関するいろいろの活動もしながら、芸術家になり切らなかったことは、様々の点から人間というものの複雑さの語られているところではないでしょうか。 或る意味で長谷川さんが日常的に趣味家でありすぎた・・・ 宮本百合子 「積極な一生」
出典:青空文庫