・・・ 羽ばかり秋の蝉、蜩の身の経帷子、いろいろの虫の死骸ながら巣を引ひんむしって来たらしい。それ等が艶々と色に出る。 あれ見よ、その蜘蛛の囲に、ちらちらと水銀の散った玉のような露がきらめく…… この空の晴れたのに。―― ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・唇の色まで変って震えているものを、そんな事ぐらいで留めはしない……冬の日の暗い納戸で、糸車をじい……じい……村も浮世も寒さに喘息を病んだように響かせながら、猟夫に真裸になれ、と歯茎を緊めて厳に言った。経帷子にでも着換えるのか、そんな用意はね・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・棺にも入れずに死骸許りを捨てるとなると、棺の窮屈という事は無くなるから其処は非常にいい様であるが、併し寐巻の上に経帷子位を着て山上の吹き曝しに棄てられては自分の様な皮膚の弱い者は、すぐに風を引いてしまうからいけない。それでチョイと思いついた・・・ 正岡子規 「死後」
出典:青空文庫