・・・粉にしたコーヒーをさらし木綿の小袋にほんのひとつまみちょっぴり入れたのを熱い牛乳の中に浸して、漢方の風邪薬のように振り出し絞り出すのである。とにかくこの生まれて始めて味わったコーヒーの香味はすっかり田舎育ちの少年の私を心酔させてしまった。す・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ 嗄れた声に力を入れて、絞り出すように云った「どうぞ」という言葉が、彼の胸から直ちに自分の胸へ伝わるような気がすると同時に、私の心の片隅のどこかが急に柔らかくなるような気がした。そしてもう一度彼を呼び返して、何かもう少しくれてやりたいよ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・と癇の高い声を、肺の縮むほど絞り出すと、太い声が、草の下から、「おおおい」と応える。圭さんに違ない。 碌さんは胸まで来る薄をむやみに押し分けて、ずんずん声のする方に進んで行く。「おおおい」「おおおい。どこだ」「おおおい。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・しかし引きしめて控え目に、ただ核実のみを絞り出す事は、嘘を書かないための必須な条件であった。製作者自身は真実を書いているつもりでも、興奮に足をさらわれて手綱の取り方をゆるがせにすれば、書かれた物の内からは必ず虚偽が響き出る。大業にすることは・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫