・・・そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった変な魅力が生じた。「僕は一度こんな小説を読んだことがある」 聴き手・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・其後三四日大友は滞留していたけれどお正には最早、彼の事に就いては一言も言わず、お給仕ごとに楽しく四方山の話をして、大友は帰京したのである。 爾来、四年、大友の恋の傷は癒え、恋人の姿は彼の心から消え去せて了ったけれども、お正には如何かして・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 火を入れた二番口の醤油を溜桶に汲んで大桶へかついでいると、事務所から給仕が健二を呼びに来た。腕にかゝった醤油を前掛でこすり/\事務所へ行くと、杜氏が、都合で主人から暇が出た、――突然、そういうことを彼に告げた。何か仔細がありそうだった・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 汽車の上り下りには赤帽が世話をする、車中では給仕が世話をする、食堂車がある、寝台車がある、宿屋の手代は停車場に出迎えて居る、と言ったような時世になったのですから、今の中等人士は昔時の御大名同様に人の手から手へ渡って行って、ひどく大切に・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ と、給仕しながら言った。「あゝ、食った。食った。」 間もなくその声が子供らの間に起こった。三郎は口をふいて、そこにある箪笥を背に足を投げ出した。次郎は床柱のほうへ寄って、自分で装置したラジオの受話器を耳にあてがった。細いアンテ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになる・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・この店の給仕頭は多年文士に交際しているので、人物の鑑識が上手になって、まだ鬚の生えない高等学校の生徒を相して、「あなたはきっと晩年のギョオテのような爛熟した作をお出しになる」なんぞと云うのだが、この給仕頭の炬の如き眼光を以て見ても、チルナウ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・なぜと云うに、宿料、朝食代、給仕の賃銀なんぞの外に、いろいろな筆数が附いている。町の掃除人の妻にやった心附け、潜水夫にやった酒手、私立探偵事務所の費用なんぞである。 引き越したホテルはベルリン市のまるであべこべの方角にある。宿帳へは偽名・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 隣の大将が食卓でオール・ドゥーヴルを取ってから上目で給仕の女中の顔をじろりと見る、あの挙動もやはり「生きてはたらきかける」ものをもっている。 生きているというのはつまり自然の真の一相の示揚された表情があるということであろう。こうい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・酒のお酌や飯の給仕に出るのがその綾子さんで、どうも様子が可怪しいと思ってるてえと、やがてのこと阿母さんの口から縁談の話が出た。けど秋山少尉は考えておきますと、然いうだけで、何遍話をしても諾といわない。 そこで阿母さんも不思議に思って、娘・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫