よく晴れて前の谷川もいつもとまるでちがって楽しくごろごろ鳴った。盆の十六日なので鉱山も休んで給料は呉れ畑の仕事も一段落ついて今日こそ一日そこらの木やとうもろこしを吹く風も家のなかの煙に射す青い光の棒もみんな二人のものだった・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・日本の労働組合は一生懸命に同じ労働に対する男女の同じ賃金を求めて闘かっているけれども、実際に婦人のとる給料はまだ男よりも少ない。しかし女の子の方が身なり一つにも金がかかる。絹の靴下は一足が八百円もして、それは二ヵ月しかもたないのだから。気儘・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・ 黒目がちの瞳で顔をじっと見られ、さほ子は娘の境遇を忽ち推察した。「じゃあ、友達のところにいるの?」「――はあ」 給料のことも簡単に定ると、彼女は娘を待たせて良人のところに行った。 彼女は亢奮した顔で良人に囁いた。「・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・そのことのうちには、給料のこともふくまっていて、働いている婦人としての感情はお互に単純であり得ない。社会の凸凹が各個人の感情の凸凹にまでなっているところがあって、同じ勤めの女のひと同士の間に、万遍ない友情がなり立つということさえむずかしい。・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・あらゆるところで女の給料はやすかった。或る百貨店で初給が男より十七銭か女の方がやすくて、原則として対等にしていたが二三年後には男の方がぐっと上になってしまう。その店のひとの話では、どうしても男の店員は生活問題が痛切ですから仕事の上に責任も感・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・これまでも我々は只お前と寝食を共にすると云うだけで、給料と云うものも遣らず、名のみ家来にしていたのに、お前は好く辛抱して勤めてくれた。しかしもう日本全国をあらかた遍歴して見たが、敵はなかなか見附からない。この按排では我々が本意を遂げるのは、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・己なんぞは会社の為事をして給料を貰っていりゃあ好いのだ。為事は一つありゃあ好いのだ。思付なんぞはいくらでもあるから、片っ端から人にくれて遣る。それを一つ掴まえて為事にする奴が成功するのだ。中には己の思付で己より沢山金をこしらえるものもある。・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・そこで山椒大夫もことごとく奴婢を解放して、給料を払うことにした。大夫が家では一時それを大きい損失のように思ったが、このときから農作も工匠の業も前に増して盛んになって、一族はいよいよ富み栄えた。国守の恩人曇猛律師は僧都にせられ、国守の姉をいた・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・この間るんは給料の中から松泉寺へ金を納めて、美濃部家の墓に香華を絶やさなかった。 隠居を許された時、るんは一旦笠原方へ引き取ったが、間もなく故郷の安房へ帰った。当時の朝夷郡真門村で、今の安房郡江見村である。 その翌年の文化六年に、越・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・リンツマンの檀那と云うのは鞣皮製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここを通るのである。 この檀那に一本お見舞申して、金を捲き上げようと云う料簡で、ツァウォツキイは鉄道の堤の脇にしゃがんでいた。しかしややしばらくしてツ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫