・・・せんだってお嫂さんが、兄さんに、「綺麗なひとの絵姿を私の部屋の壁に張って置いて下さいまし。私は毎日それを眺めて、綺麗な子供を産みとうございますから。」と笑いながらお願いしたら、兄さんは、まじめにうなずき、「うむ、胎教か。それは大事だ・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・そうしてこの窓にヒロインの絵姿のビラがはってあるのである。これを彼の「モロッコ」の冒頭に出て来るアラビア人と驢馬のシーンに比べるとおもしろい。後者のほうがよほど垢が取れた感じがする。前者のほうは容易に説明のできる小細工のおもしろみであるに対・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ティアガルテンの冬木立や、オペラの春の夜の人の群や、あるいは地球の北の果の淋しい港の埠頭や、そうした背景の前に立つ佗しげな旅客の絵姿に自分のある日の片影を見出す。このような切れ切れの絵と絵をつなぐ詞書きがなかったら、これがただ一人の自分の事・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・私たちはそういう歴史の展望をも空想ではない未来の絵姿として自分の一つの生涯の彼方によろこびをもって見ているのも事実である。 未来の絵姿はそのように透明生気充満したものであるとしても、現在私たちの日常は実に女らしさの魑魅魍魎にとりまかれて・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・勝気な枕草子の作者の気質は、中宮への愛情と尊敬からもその隆々とした絵姿だけで描きたかったのかもしれない。だが人間の何か忘られない姿というようなものははたして富貴の輝きに照らされている時ばかりにあるものであろうか。 枕草子の中にこんな場面・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・ということが誇大に強調されて、洋装婦人の絵は和服姿の絵姿となった。そして、遊んでいてもいけないし、さりとてどう社会的に動くかも明瞭でない、中途半端な和服の日本女性の絵姿は、少し上ずったような黒い二つの眼を見開いて、立っている表紙が見られるよ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫