・・・ 九、起きてみつ寝てみつ胸中に恋慕の情絶える事無し。されども、すべて淡き空想に終るなり。およそ婦女子にもてざる事、わが右に出ずる者はあるまじ。顔面の大きすぎる故か。げせぬ事なり。やむなく我は堅人を装わんとす。 十、数奇好み無からんと・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・突然この音が絶えると同時に銀幕のまん中にはただ一本の旗が現われ、それが強い砂漠のあらしになびいてパリパリと鳴る音が響いて来る。ピアノの音からこの旗のはためきに移る瞬間に、われわれはちょうどあるシンフォニーでパッショネートな一楽章から急転直下・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・浜の真砂が磨滅して泥になり、野の雑草の種族が絶えるまでは、災難の種も尽きないというのが自然界人間界の事実であるらしい。 雑草といえば、野山に自生する草で何かの薬にならぬものはまれである。いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ こういうすいた車が数台つづくと、それからまた五分あるいは十分ぐらいの間はしばらく車がと絶える。その間に停留所に立つ人の数はほぼ一定の統計的増加率をもって増して行く。それが二十人三十人と集まったころにやって来る最初の車は、必ずすでに初め・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ただ私の父の血が絶えるということが私自身にはどうでもいいことであるにしても、私たちの家にとって幾分寂しいような気がするだけであった。もちろんその寂しい感じには、父や兄に対する私の渝わることのできない純真な敬愛の情をも含めないわけにはいかなか・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・日が沈むと、村の往還は人通りも絶える。広く、寒く、わびしい暗やみの一町毎にぼんやり燈る十燭の街燈の上で電線が陰気にブムブムブムとうなっている。暖かで人声のあるのは、勘助の家のなかばかりだと思っていた青年団員は、怪しく思って顔を見合せた。・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・若し男の子がないと、イナオを立てて神様をまつるものが絶えるのを恐れるからでありましょう。男子でなくては、神様をまつれないという所は、内地人の昔の有様と似ています。 斯様に男の子の生れるのを喜ぶ風がありますが、また婦人から云えば、却って女・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・という疑いが絶えることなく閃いているというのは、理性の方法をもって愛のためにたたかった子さんの精神が、悲しみで朽ちさせられていないからこその真情だと思う。そして、戦争にふるい立てられていた当時の「あのすさまじい皆の心、それと同じものが世界平・・・ 宮本百合子 「その願いを現実に」
・・・王 けんか犬は世が滅びるまで絶える事なくあるものじゃ。 何――叛きたいものは勝手に逆くのがよいのじゃ。 若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこぼしながら故郷に立ち戻るものじゃと昔からきまって居る。 又わしはどんな・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・というようなヴァレリーの言葉が、一部で翻訳され、人間が存在する限り、方法的変遷を経て而も決して絶えることのない筈の「ヒューマニズムの終ったところから」「事実の世紀」である現代がはじまっているなどと云われたりしているが、現象追随では、肝心の事・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
出典:青空文庫