・・・翁はついに秋山図には意を絶つより外はなくなりました。 * * * 王石谷はちょいと口を噤んだ。「これまでは私が煙客先生から、聞かせられた話なのです」「では煙客先生だけは、たしかに秋山図を見ら・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・冬至の第一日に至りて、はたと止む、あたかも絃を断つごとし。 周囲に柵を結いたれどそれも低く、錠はあれど鎖さず。注連引結いたる。青く艶かなる円き石の大なる下より溢るるを樋の口に受けて木の柄杓を添えあり。神業と思うにや、六部順礼など遠く来り・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・一身係累を顧みるの念が少ないならば、早く禍の免れ難きを覚悟したとき、自ら振作するの勇気は、もって笑いつつ天災地変に臨むことができると思うものの、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考えても事に対する処決は単純を許さない。思慮分別の意識か・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・後について来ると思たものが足音を絶つ、並んどったものが見えん様になる、前に進むものが倒れてしまう。自分は自分で、楯とするものがない。」「そこになると、もう、僕等の到底想像出来ないことだ。」「実際、君、そうや。」「わたしは何度も聴・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・むしろ断然関係を断つ方が僕のためだという忠告だ。僕の心の奥が絶えず語っていたところと寸分も違わない。 しかし、僕も男だ、体面上、一度約束したことを破る気はない。もう、人を頼まず、自分が自分でその場に全責任をしょうよりほかはない。 こ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ どうすれば、こういう側面からのサヴエート攻撃の根を断つことができるか! 呉清輝は、警戒兵も居眠りを始める夜明け前の一と時を見計って郭進才と橇を引きだした。橇は、踏みつけられた雪に滑桁を軋らして、出かけて行った。 風も眠っていた・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 討論の現場に居合せたもうひとりの下僚は、「いえ、いえ、どうして、かいとう乱麻を断つ、というところでしたよ」 とお世辞を言う。「かいとうとは、怪しい刀と書くんだろう?」 と彼はやはり苦笑しながら言って、でも内心は、まんざ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ こうは言うもののまたよくよく考えて見ていると災難の原因を徹底的に調べてその真相を明らかにして、それを一般に知らせさえすれば、それでその災難はこの世に跡を絶つというような考えは、ほんとうの世の中を知らない人間の机上の空想に過ぎないではな・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・このような障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知識の水準をずっと高めてにせ物と本物とを鑑別する目を肥やしそして本物を尊重しにせ物を排斥するような風習を養うのがいちばん近道で有効ではないかと思ってみた。そういう事が不可能ではない事・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・近代では洋服が普及されたが、固有な和服が跡を絶つ日はちょっと考えられない。たとえば冬湿夏乾の西欧に発達した洋服が、反対に冬乾夏湿の日本の気候においても和服に比べて、その生理的効果がすぐれているかどうかは科学的研究を経た上でなければにわかに決・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫