・・・ 彼は片手に銃を振り振り、彼の目の前に闇を破った、手擲弾の爆発にも頓着せず、続けざまにこう絶叫していた。その光に透かして見れば、これは頭部銃創のために、突撃の最中発狂したらしい、堀尾一等卒その人だった。 二 間牒・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ わっと、けたたましく絶叫して、石段の麓を、右往左往に、人数は五六十、飛んだろう。 赤沼の三郎は、手をついた――もうこうまいる、姫神様。……「愛想のなさよ。撫子も、百合も、あるけれど、活きた花を手折ろうより、この一折持っていきゃ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 未だ乞食僧を知らざる者の、かかる時不意にこの鼻に出会いなば少なくとも絶叫すべし、美人はすでに渠を知れり。且つその狂か、痴か、いずれ常識無き阿房なるを聞きたれば、驚ける気色も無くて、行水に乱鬢の毛を鏡に対して撫附けいたりけり。 蝦蟇・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・子爵が海外から帰朝してこの猿芝居的欧化政策に同感すると思いの外慨然として靖献遺言的の建白をし、維新以来二十年間沈黙した海舟伯までが恭謹なる候文の意見書を提出したので、国論忽ち一時に沸騰して日本の危機を絶叫し、舞踏会の才子佳人はあたかも阪東武・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・と、耳の附根まで赧くなった。私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、僕はあんな小説を書いておりますが、僕はあんな男ではありません」と絶叫して、そして「あんな」とは一体いかなることであるかと説・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 無我夢中に呶鳴っていた寺田は、ハマザクラがついに逃げ切ってゴールインしたのを見届けるといきなり万歳と振り向き、単だ、単だ、大穴だ、大穴だと絶叫しながら、ジャンパーの肩に抱きついて、ポロポロ涙を流していた。まるで女のように離れなかった。・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ それに私たち三十代の半ばに達していない年頃の人間は、感激とか涙とか昂奮とか絶叫とかいうことを知らない世代ではないかと思われるくらい、泣きたがらない傾向がある。今年の五月のことだ。京都のある雑誌でH・Kという東京の評論家を京都に呼んで、・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・大衆に失望して山に帰る聖賢の清く、淋しき諦観が彼にもあったのだ。絶叫し、論争し、折伏する闘いの人日蓮をみて、彼を奥ゆかしき、寂しさと諦めとを知らぬ粗剛の性格と思うならあやまりである。 鎌倉幕府の要路者は日蓮への畏怖と、敬愛の情とをようや・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、私の弱い卑屈な心が、唾を呑みこむように、呑みくだしてしまった。言えない。何も言えない。あの人からそう言われてみれば、私はやはり潔くなっていないのかも知れないと気弱く肯定する僻んだ気持が頭をもたげ、とみ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・と煮えたぎって跳奔している始末なので、よほどの大声でなければ、何を言っても聞えないのです。私は、よほどの大声で、「毎日たいへんですね!」と絶叫しました。けれども、やっぱり奔湍の叫喚にもみくちゃにされて聞えないのです。女は、いよいよ当惑そうに・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫