・・・夜具は申すまでもなく、絹布の上、枕頭の火桶へ湯沸を掛けて、茶盆をそれへ、煙草盆に火を生ける、手当が行届くのでありまする。 あまりの上首尾、小宮山は空可恐しく思っております。女は慇懃に手を突いて、「それでは、お緩り御寝みなさいまし、ま・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ときに依っては、母はひいという絹布を引き裂くような叫びをあげる。しばらく私のすがたを見つめているうちに、私には面皰もあり、足もあり、幽霊でないということが判って、父は憤怒の鬼と化し、母は泣き伏す。もとより私は、東京を離れた瞬間から、死んだふ・・・ 太宰治 「玩具」
・・・養蚕が輸入されそれがちょうどよく風土に適したために、後には絹布が輸出品になったのである。 衣服の様式は少なからずシナの影響を受けながらもやはり固有の気候風土とそれに準ずる生活様式に支配されて固有の発達と分化を遂げて来た。近代では洋服が普・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・その結果として何年かの後には昔のロプ・ノールが復活し、従って廃都ローランの地には再び生命の脈搏がよみがえって来るであろうし、昔ローマの貴族のために絹布を運んだ隊商の通った道路が再び開かれるであろうと想像さるるに至った。 以上は近着の G・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・憲法発布の当時、「絹布のハッピを下さるのか」と驚いた平凡な市民の逸話からさえ、精鋭なプロレタリア作家はこんにちの抑圧的支配形態の偽瞞を曝露し得ることを理解しなければならないのである。 さて、ここまで書いてきて、十一月『中央公論』の「・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・当時の笑い草に、憲法発布ときいた江戸っ子が、何でエ絹布のはっぴだって、笑わせるねえ、はっぴは木綿にきまったもんだ! と啖呵をきった笑話がある。 当時の人民層がおもっていた社会と政治感覚のこんな素朴さ。しかし、官員万能であり、時を得た人、・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫