・・・ 一本腕が語り続けた。「糞。冬になりゃあ、こんな天気になるのは知れているのだ。出掛けさえしなけりゃあいいのだ。おれの靴は水が染みて海綿のようになってけつかる。」こう言い掛けて相手を見た。 爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・されど若し其の身のある調子とか意気な調子とかいうものは如何なもので御座る、拙者未だ之を食うたことは御座らぬと、剽軽者あって問を起したらんには、よしや富婁那の弁ありて一年三百六十日饒舌り続けに饒舌りしとて此返答は為切れまじ。さる無駄口に暇潰さ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・わたくしはあなたにお目に掛かって、それをたよりにこれからさきの生活を続けようと存じています。それからどうぞ今はいけないから後にしろなんぞとおっしゃらないで下さいまし。御承諾下さるつもりで、前もってお礼を申上げます。もうこれでも大ぶ貴重なお時・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これに反して林檎のような酸味の少い汁の少いものは、始め食う時は非常に旨くても、二、三日も続けてくうとすぐに厭きが来る。柿は非常に甘いのと、汁はないけれど林檎のようには乾いて居らぬので、厭かずに食える。しかしだんだん気候が寒くなって後にくうと・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・こっちではきせるをたんたん続けて叩いていた。(亦何だか哀れに云って外へ出たらしい音がした。 あとはもう聞えないくらいの低い物言いで隣りの主人からは安心に似たようなしずかな波動がだんだんはっきりなった月あかりのなかを流れて来た。そして富沢・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ こんな雨が三日も続けばあのお金でやっとこせじゃないか」 一太は黙り込んだ。一太は金のないという状態の不便さをよく理解していた。金がないと云われれば一太は飯さえ一膳半で我慢しなければならなかった。―― 一太は口淋さを紛すため、舌を丸・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・とうなって寝返りをしただけで、また鼾をかき続けている。女房はじっと夫の顔を見ていたが、たちまちあわてたように起って部屋へ往った。泣いてはならぬと思ったのである。 家はひっそりとしている。ちょうど主人の決心を母と妻とが言わずに知っていたよ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ブダペストへ参ってからも、わたくしはあなたと御交際を続けて行きました時も、まだ御主人がどんな方だか知らなかったのですね。 女。ええ。 男。そのころある日の事ですが、あなたはわたくしに写真を一枚お見せになりましたね。それがすばらしい好・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。 女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。 灸は「ア痛ッ。」といった。 女の子は笑いながらまた叩いた。「ア痛ッ、ア痛ッ。」 そう灸は叩かれる度ごとにい・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 己が会釈をすると、エルリングは鳥打帽の庇に手を掛けたが、直ぐそのまま為事を続けている。暫く立って見ている内に、階段は立派に直った。「お前さんも海水浴をするかね」と、己が問うた。「ええ。毎晩いたします。」「泳げるかね。」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫