・・・膚を左右に揉む拍子に、いわゆる青練も溢れようし、緋縮緬も友染も敷いて落ちよう。按摩をされる方は、対手を盲にしている。そこに姿の油断がある。足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 同じ緋縮緬の長襦袢を着せても着人によりて、それが赤黒く見える。紫の羽織を着せても、着人によりて色が引き立たない。青にしろ、浅葱にしろ、矢張着人によって、どんよりとして、其の本来の色を何処かに消して了う。 要するに、其の色を見せるこ・・・ 泉鏡花 「白い下地」
一 はじめ、目に着いたのは――ちと申兼ねるが、――とにかく、緋縮緬であった。その燃立つようなのに、朱で処々ぼかしの入った長襦袢で。女は裙を端折っていたのではない。褄を高々と掲げて、膝で挟んだあたりから、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・今では不用物だから、子供の大きくなるまでと言ってしまい込んであるが、その色は今も変らないで、燃えるような緋縮緬には、妻のもとの若肌のにおいがするようなので、僕はこッそりそれを嗅いで見た。「今の妻と吉弥とはどちらがいい?」と言う声が聴える・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そしてかごの上に結んである緋縮緬のくけ紐をひねくりながら、「こんな紐なぞつけて来るからなおいけない、露見のもとだ、何よりの証拠だ」と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、「しかし樋口には何よりこの紐がう・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・浅黄の衿は白いくびにじゃれる蛇の様になよやかに巻きついて手は二の腕位まで香りを放ちそうに出て腰にまきついて居る緋縮緬のしごきが畳の上を這って居る。目をほそくして女はその前に音なしく座って居る男を見つめた。「そんなに見つめるのは御よし、私・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・「大阪では文金高島田、緋縮緬の着物に黒縮緬の帯という芝居の姫君のような濃艶な姿、また京都その他では黒白赤の三枚重ね」と土地柄を見て演出効果を考えていたことも相馬黒光女史の「明治初期の三女性」の中に語られている。明治十六年の秋京都で「女子大演・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・どんな時に行っても白い小猫が緋縮緬の銀の鈴のついたくびわをはめてその時にじゃれて居る。赤い八二重の被のかかった鏡台の前には白粉の瓶、紅、はけ、こんなものがなつかしい香りをはなして三つも四つも並べてあった。黒ぬりの衣裄には友禅の長襦袢や振袖や・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・ 私は、千代紙と緋縮緬と糸と鋏と奉書を出しながら云った。器用な手つきをして紙を切ってさして居たかんざしの銀の足で、おけいちゃんはしわを作った。それに綿を入れてくくって唐人まげの根元に緋縮緬をかけてはでな色の着物をきせて、帯をむすんでおひ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫